第三十七話 あんねい
剣を抜き、その身その剣を
もちろん一直線に向かってくる敵など、ファントムからすれば好都合以外の何者でもない。
(様子は明らかに変わった。随分と自分を強化していたみたいだけど、あの橙の炎はなんだ? ま、いっか。全部眠らせちゃえばそれで終わりだ)
「<安寧魔法>“安らぎ”」
ファントム自身には確かに見えている魔法の波動。少年の手から放出されたその魔法は先程までと何ら変わらず、容赦なくフレイに降りかかる。
(眠りなよ)
しかし、
「なっ!」
フレイはその波動をものともしない。どころか、
目の前で起きているのはファントムにとってかつてない光景だった。
(弾いている!? 僕の魔法を!? 触れれば即眠りにつくはず、なんで!!)
それもそのはず、フレイは波動を
今のフレイにはあらゆる魔法が効かない。
「このっ――、!?」
再度魔法の構えを取るファントムの目の前でフレイが消える。
「どこを見ている」
――ドガァ!!
フレイの斬撃でファントムは上空から湖に叩きつけられる。反動で周りには大きく
「……軽減されたか」
ファントムは
フレイは力の限り剣を振り払い、そのクッションごとファントムをぶっ飛ばした。
「ハァ、ハァ……」
ファントムがこの魔法まで到達されたのはこれが初めて。ましてや自らが地にひれ伏す姿など夢にまで見ていなかった。少年にとっては受けた攻撃の痛みより、その現実を受け入れる苦痛の方が遥かに大きかった。
「バカな……僕が」
「考え事をしている場合か?」
「――!」
ドゴッ!
「くッ!」
バキッ! ザンッ!
「ぐぅっ!」
フレイの攻撃は正確には届いていない。クッションがまだ役割を果たしている。だが、その重すぎる一撃一撃の衝撃はファントムに確実に響いている。
「そろそろか?」
「!!」
バキィィン! ――ガッ!
フレイが予言したように、その最後の拳でクッションの役割を果たしていた魔法が解ける。と同時に、フレイはファントムの髪を掴む。
「えっ?」
――ドガァ!!
「……がはッ!」
空中でファントムの髪を掴んだフレイが前方に一回転、勢いのまま地面に叩きつける。ファントムの口からは血が噴き出す。
「どうした、そんなもんか?」
「……」
すでに喋る余裕のない事をわかっているファントムの頭を掴んだまま、フレイが冷酷な眼差しで問う。
フレイは
「あっけなかったな」
今のフレイは暗殺者さながらの目だ。今までの温厚な性格からは想像も出来ない。
「フレ、イ……?」
セネカは這いつくばったまま、フレイを眺めることしか出来ない。本来称えるべきであろうその圧倒的な様。しかし、セネカはなぜか一向に喜ぶ様子を見せない。それどころか、その苦楽を共にした相棒を前にして恐怖さえ覚える彼女がいた。
「どうなってしまったのだ……?」
「ガキ……」
生き残ったバーラ、
「終わりにするぞ」
すでに水が干上がりかけている湖の上で倒れ込むファントム。その抵抗すら出来ないであろうファントムを前に、フレイは剣を構えた。
「フレイ、待て……。そこまででいい。捕らえて、終わりにしろ……」
「いいや、セネカに
「……」
フレイが最後の一撃を構えている時、ファントムの目の前には全く違う景色が広がっていた。
懐かしき故郷。大好きだったあの故郷。大好きだった、たった一人の
―――
突然もえる「こきょう」。火の手から逃げるみんな。でも、気付いた時にはすでに逃げ場はなかった。
「姉さん! 姉さん! どこだよ、姉さん!」
だいたいゆうがた頃。仕事と言ってでかけていた姉さんはまだ家に帰ってきていなかった。
「ほら! 逃げるんだよ、***!」
「だって! まだ姉さんが!」
「大丈夫だって! あの子も賢い子だわ! きっと逃げてるから! さあ早く!」
「イヤだ!」
僕はおばさんの手を振り払って家に向かった。夢中で走って、走って走って……でもいつの間にか気を失っていたんだ。そして気付いた時には、
「む、むらが……、そんな……」
見たこともない高台の上に残されたのは僕一人。目の前には絶望しかなかった。
……姉さんは見つからなかった。
そんな時だ。“あのお方”が手を差し伸べてくれたのは。
「間に合わなかった。すまない、坊や」
「おじ、さんは……だれ?」
「ぼくは***さ。すまない、もう少しだったんだけど。村を救うには遅すぎたみたいだ。……この通りだ、許してくれ」
“あのお方”は頭を地面に打ち付けて「しゃざい」をした。そしてそのまま、
「君にこんな事を言って仕方ないのかもしれない。でも、君さえよければ。ぼくのところへ来ないか? こんな理不尽な世の中、全てぶっ壊してしまえばいいんだ。僕と一緒に、“安寧”をもたらそう」
僕にはもうこの人しかいなかった。それに、“あんねい”。意味はよくわかんなかったけど、この言葉がなんとなく気に入った。
―――
「負け、られない……」
「!」
「“あのお方”と共に安寧をもたらすまで……」
フレイはファントムに殺気が戻っていくのを感じ取る。
(まずい! 早々にケリをつけなければ!)
フレイは渾身の力で剣を振りかざす、――が!
「負けられないんだぁぁ!!」
今までの比じゃない波動がファントムから一帯に放出される。
「しまっ――!」
(セネカたちを守らなければ!)
「ぐううぅぅぅぁぁあああ!!」
セネカ、バーラ、
(くそっ! こんな力どこに持ってやがった!)
「……“あのお方”の邪魔をする奴は僕が許さない」
「こっからが本番ってか」
フレイはそう言いながらも、心の内で密かに焦りを感じる。
(だろうな……)
今放った大量の調和の炎が決め手になった。
だがそれを認めてしまえば、一気に身に
(相手がどう来ようと関係ない。ここで殺る。おれにはもう後がないんだ。)
フレイ自身気付くことなく冷や汗が伝う中、フレイにとっては今度こそ、ここが正真正銘の正念場となる。
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