第六話 低位神権術

 どすん。

 なんだなんだ、こんな朝から。

 少し前に起きて寝室でごろごろしていたおれは、その大きな音に反応してリビングを覗く。


「おおフレイ。おはよう」


「テオス。おはよ、でそれはなに?」


 かなり分厚い本が三冊ほど置かれている。これを下ろした音だったのか。


「これはな、神権術に関する本だ」


「えっ! 神権術!!」


 なあんだ、神権術の本こんなにあるんじゃないか。超マイナー魔法だって言うからどんなものかと思えば、失望して損しちゃったぜ。ん、日本語がおかしいか? いやそもそもここは日本ではな……じゃなくて! 今はそう、この本たちだ。


 早速本を片っ端からペラペラとめくる。うわ、すごいな。本当に神権術のことばかりびっしりと書いてある。

 それにしてもこんな本どこにあったんだ?家の中は全て探険したはずなのにこんな本一冊すら見たことがない。おそらくテオスの私物なんだろうけど……まあいいか。

 簡単に読み流してみて、本ごとの概要を把握する。神権術に関する文献、歴史、色々あるがやはりこれだろう。


『神権術 低位』


 やっぱりなにより先に魔法を出したい。特におれは橙の炎だ。何が出来て何が出来ないのか、ちゃんと知るべきだ。




◇◇◇




「フレイちゃん、無理はしないのよー」


 テオスは午後から仕事だと言って出かけてしまったので、リリアとセネカが見守ってくれている。

 『神権術 低位』を読んでいて気付いたのだが、神権術には四系統全ての魔法が載っていた。なぜなのか、などはもう考えないようにした。今はもう魔法を出したくてしょうがない。そうだな、まずは攻撃系統から始めようか。

 えーとなになに、なるほど。簡単に言えば「火の球体をイメージし、炎を形作ります。その後前方に狙いを定め、放出します」ということかな?


 む、思ったより難しい。こう? こうか! うーん、イマイチ分からないな。


(もう、何回言えばわかるのっ! こう手を――)

 先に伸ばして――


「“火球ファイア・ボール”」


 おお、出来たぞ!

 ぼっ、と音を立てて小さな火の球がすぐそこに飛び出ていった。これは楽しいぞ!

 それにしても今の、どこか懐かしいような声はなんだったのだろう……。


「ほう」


「すごいわフレイちゃん! いきなり出来たわね!」


 後方から黄色い歓声が飛んでくる。いやあでもこれぐらいは、ってええ!! 「なお炎を形作るのに平均およそ二週間程度かかります」だって!? そんなに難しいことだっただろうか?


 ま、まあ決して自惚れずに再開しよう。コツは大体掴めた。

 ……ふむふむなるほど、さっきのを固型にイメージすることで、

 

「“氷球アイス・ボール”」


 ひゅん! ぼこっ!


 さらに細かく針状にすることで、


「“氷の弾丸アイス・バレット”」 


 ひゅっ! きぃん!


 からのさらに細かく、なおかつ数を増やすことで


「“氷柱の弾丸アイシクル・バレット”」 


 きん! きききん!


 

 ……ああ、なんって楽しいんだろう! 手を大空に掲げてその快感を噛みしめる。

火球ファイア・ボールは謎の声に助けられたがその後は全て自力で出来た。なんとなく体をどう動かせば良いかわかってたみたいに……。

 いやそうか、橙の炎のことを少し気にしてはいたが、おれは攻撃魔法適性があったんだ。

 難しいことを考えるのはやめよう。これはハマる。一生やっていられる!


「すごいのだけどフレイちゃんの才能が少しこわくなってきたわ」


「……フレイツェルト、か」


 次はなにをしようかな、ってあれ?急に力が……。


「フレイちゃん!」


 倒れそうになったところを間一髪リリアに抱きかかえられる。

 それに安心したのか、おれのだんだん意識が遠のいていった。




◇◇◇




「あら、目を覚ました?」

 

 気が付くとリリアの膝の上でおねんねしていた。


「大丈夫だったか? フレイ。体力を使い果たしてしまったみたいだね。子どもに少し辛かったかもしれない。見ていなくてすまなかったな」


「ううん、眠くなっただけだから大丈夫」


 そうか、楽しさばかり優先して突っ走ってしまったけどわずか三歳の体には負担が大きかったみたいだ。普通は炎を出すまでの過程で体力なり耐性なりをつけたりするのだろうか。


「大丈夫なら良かった。さあ夕ご飯にしよう。私にも神権術について聞かせてくれるか? フレイ」




 その夜、眠たいながらももう少しもう少しと本を読み漁っていた。


 日中は早く実践したさに飛ばし飛ばし読んでいたが、なんとなく神権術というものがわかった。

 この世界には無数の魔法があるが、どの魔法にもその源流、原種のようなものが存在する。

 例えば“火”というものに着目すると、<燃焼魔法>・<炎熱魔法>など色々な魔法があるが、それらはその代表格<火炎魔法>から枝分かれしたものだ。魔法は人や世代に受け継がれるごとに、その人自身に適合する形で変化・進化を遂げる。

 古来より存在する原種<火炎魔法>から、空気に注目してより威力を高める方向に伸ばそうと出来たのが<燃焼魔法>。気候に注目し、より暑さを求めた結果できたのが<炎熱魔法>といったところだろうか。いずれにしろ、どの魔法にもが存在する。

 神権術というのは、“あらゆる魔法の原種を扱う魔法”なのだ。昼間の“火球ファイア・ボール”は低位<火炎魔法>らしい。

 良く言えばオーソドックス、悪く言えば各魔法が尖っていない、とでも言うべきか。ただ、扱うジャンルの広さという点では組み合わせ次第で個性が出てくるだろう。


 普通に凄くないか? なぜ、流行らないのだろう。あ、炎の問題か……。

 まあとりあえず、今日の感じでいくと低位の攻撃系統はどれも出来そうだな。となると気になるのは、うん強化系統だな。明日にでも試そうかな。


「フレイちゃん、もう寝る時間よ。明日にして今日は寝ましょう?」


「うん、そうする」


 リリアと同じベッドで、本を抱えながら眠りについた。




◇◇◇




「あらまあ」


「本気で、言っているのか……?」 


 なんと低位強化系統、並びに低位回復系統、果ては低位特殊系統まで、ここ三日でマスターしてしまった。

 このリアクションはたった今全ての低位特殊系統をやり終えたときのリリアとセネカのものである。


「すごいすごい! 特殊系統なんて滅多にお目にかかれないわよ!」


「そうなの?」


「ええそうよ! 本にも書いてあったかもしれないけれど、特殊系統っていうのはその性質やイメージのしにくさも相まって使える人は僅かしかいないの。だから黄の炎を持つ人はそのほとんどが回復系統をにいっちゃうの。それを! うちの子ったら!」


 そうなんだ。たしかにここまで全くもって苦戦せずに強化系統、回復系統とこなしてきたが、特殊系統は少し時間がかかった。炎をどう作用させるかイメージしにくいといのもあるだろうが、これはもう魔法の方に問題があるとしか思えない。なにしろ、


 特殊系統

 ・<召喚魔法>“低位召喚”:近くの対象を目の前に召喚する。このときはすぐ後ろにいたセネカが召喚された。気まずくなった。

 ・<圧力魔法>“透明結界”:いちメートル四方程度の空気の壁を出す。その壁は弾む。で、どうしろと?

 ・<重力魔法>“グラビティゾーン”:半径三メートル程度の謎の円を出す。その円に足が着いている者は足が遅くなる。この中ではまだ使えそう……か?その辺にぴょんと跳ぶだけで解除されるけど……。


 とまあこんな具合だ。使える人が僅かしかいない、そんな希少な存在がこんなことしていてもそりゃあ世間は振り向いてくれないよね。そんな微妙な技をしただけにもかかわらず、うちのママさんはずっとこんな感じだ。よくこんなテンション続くなあとは思ったけど、正直自分も大概だ。はりきって低位神権術全制覇だなんて意気込んで、気付いたらあっという間にやってしまっていた。

 

「ただいまー」


「おかえりなさいあなた。」


 ちょうどいいタイミングでテオスが帰ってくる。

 

「さ、みんなおうち入るわよー」


「はあい」


「ああ」


 大体テオスの帰宅のタイミングで夕飯の雰囲気になるので今日はここまでにしておこう。




◇◇◇




「テオスは出掛けている時とき何をしてるの?」


「んー、お父さんはね偉い人たちとおはなしをしているんだよ」


 なんとなくはぐらかされた。気になっていつも聞いてみるけどいつも相手にしてくれない。一般社会シャバでは言いにくい仕事なのか? テオスに限ってそんなことないだろうけど。


「それよりも聞いたぞー、フレイ。今日で低位神権術は全部できたんだってな? すごいじゃないか! いやあ感心感心」


「たまたまだよ。特殊系統に関してはこれが出来てどうなるんだろうなって感じだけど」


「はっはっは。フレイ、よく覚えておきなさい。これは何にも通じることだ。物事にはそれぞれ絶対に意味がある。今は分からなくてもそれがきっと役に立つ時は来る。特殊系統に関してもそれは同じ、それを習得したときの努力、感覚、達成感はフレイの糧になっているんだ、必ずな」


「わかった。覚えた!」

 

 さすがに二十年そこら生きているだけはある。胸に響くものがある。こうゆうところがただの親バカじゃないんだなと思わせてくれる。


「それにしても……そうか、まさか四日で低位を全部やってしまうとはなあ。なにか他にやりたいこととかあったりしないのか?」


 そんなこと言われてもなあ。普通の子どもは何をするんだろう。あっちの世界だと……あ。


 「学校に行ってみたい!」

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