第三話 この世界で

 この世界で生きていく。そう決めたおれはまずはこの世界を知ろうとした。

 言葉、常識、家族について、日常生活について、などなど正直全てが一からだがおれは大丈夫。なにせまだまだ母に抱かれっぱなしの立派なベビーである。これからは第二の人生の始まりだ!




◇◇◇



 

 まず、おれの名はフレイツェルト。フレイツェルト・ユングだ。周りからはフレイって呼ばれている。まだまだ顔立ちが幼く、これからどう成長するかはなんともいえない。おそらくイケメン。そう思いたい。


 そして、母の名はリリア・ユング。とても明るい茶髪をしたかなりの美人だ。あちらの世界でいうと西洋系が近いかな? 少なくとも日本人っぽくはない。性格はとにかく優しくて面倒見が良い。あと料理が美味しい。見たところ二十代半ばといったところか。毎日毎日笑顔で優しく話しかけてくれて幸せだよ。


 次に父だ。名はテオス・ユング。こちらは黒髪で、ゴリゴリの武闘派というよりは聡明な感じを漂わせている(息子に対しては完全なる親バカを発揮しているが)。しかし、その割にはよく見ると所々の筋肉はしっかりしていて、戦ったらそこそこ強そうだ。完全なる主観だけど。おしゃれなのか判断しかねるが、いつも首から鍵のようなものを提げている。


 最後にもう一人。メイドのセネカだ。母よりもまだ若く、下手をしたら二十歳前後……さすがに未成年ってことはないよな? いや、そもそも成年未成年の概念がないのかもしれない。とにかくそれほど若い。全体的には細いのだが、その姿勢といい歩き方といい、なんとなく手練れ感がすごい。本当にただのメイドさんなのか……? 

 基本的にはそこまで話す方ではなく、いつも一歩引いてうちの家族を眺めている感じだ。その暗めの茶髪で片目が隠れていて、時々現れるその目の鋭さから怖い人なのかと思ったけど、前に話したときは優しかった。


 それぞれ呼び方は名前のままリリア、テオス、セネカと呼んでいる。両親の呼び方が母さんと父さんだと、前の両親と混合して思い出してしまうというかなんというか。

 それともう一つの理由として、やっと若干言葉を発せるようになった頃

 

「りぃあ! ておぅ!」


 って思いっきり叫んでみたらものすごく喜んでくれたので、それからはなんとなくずっと名前で呼んでいる。

 



 おれは今では立派な三歳。元々高校生のおれは思考力が違うからか、さすがに発育が早かった。

 家の周りまでなら一人でどこでもほっつき歩くし(最初は心配されたが)、言葉も覚え、すでに難なく会話ができるレベルだ。あまりにも言葉が発するのが早かったので、「うちの子は天才かもしれない!」などともてはやされたものだ。

 それにこれは勘違いかもしれないけど、この世界の言語はとても聞き取りやすい。それどころか、どこかで聞いたことがあったかのようにすっと入ってきて、気付いたら理解して話していた。もしかして本当に天才か?

 とまあこんな感じで今では言語に関しては何ら問題もない。




 次に、ここはという国であり、中でもおれの住むこの地は、王都からずっと離れた辺境の田舎の村”トヤム”というらしい。トヤムはヴァレアス帝国が占める大陸の南端に位置しており、少し歩けば海も見える。人口は多くないが、周りの大人はみんな朗らかなで活気があり、大半の人はトヤム全体に広がる田んぼを植えて生活している。テオスもそんな農家のうちの一人だ。たまに仕事と言って出かける時があるけど、あれは一体何をしに行っているのだろう。


 それと、西には”禁忌の森”という大森林を挟んでという国があるらしい。禁忌の森には決して近づくなと言われている上に、家にあった本はその続きがごっそり破られており、情報は得られなかったのでマナスヘイム自体のことは何も知らない。多少気にはなるが、まあこれといった話を聞いたこともないし特に問題はないのだろう。




 そして何よりも重要な事、この世界のことだ。これには正直驚きを隠せない。

 まず、家の中に剣が置いてある。まだ幼い我が子に気を使ってかおれの見えるところに置いてあるわけではないが、父の部屋にこっそり忍び込んだときにどうやっても届きそうにない場所に厳重に保管してあったのを確認した。

 初めてそれを見たときは本当に胸が躍った。日本に住んでいた時でも日本刀すら目にしたことなかったのに、突然目の前に本物の剣があるのだ。これで嬉しくならない男子高校生はいない。


 そしてなんといってもこれだ。なんとこの世界、魔法が存在するらしい。それもとんでもない数のだ。物置きに置いてあった本から得た情報のみで、実際にこの目で確かめたわけではないが、そんな超常現象あちらの世界出身の者からすると憧れ中の憧れである。

 そして最近は、この分厚くも夢のような本を読み進めるのが何よりの楽しみだ。さて今日も我が聖書を読みに行くとするか。


 今日もるんるんとテンション高めに、この『魔法全書』を読む。この本には、名を見れば大体意味が伝わってくる<火炎魔法>や<凍結魔法>などの他に、<精霊魔法>や<風神魔法ふうじんまほう>など、実にロマン溢れる名の魔法の数々がずらりと書いてある。今日はどんな魔法が見つかるかなーとワクワクしながら読み進めていたが、ある単語で完全にその目が止まる。


(ん? なんだこれ、神権術しんけんじゅつ……?)


 何故かはわからない。しかし、その記述がほとんど無く明らかに他の魔法とは差別された単語に心臓の鼓動が早くなるのを感じる。その記述とは「失われた魔術、使い手はほとんどいない」の一言のみ。

 それに魔術? 魔法じゃなくて? さして違いはないように思えるけど。まあこの本に載っているし魔法の一種なのだろう。


 ……なんだ、それが一体何だって言うんだ。

 今日もこの本を読み進めたい。でもダメだ、のこの三文字がまるで頭から離れない。

 おれはそこで本を閉じた。


 しかし次の日も、その次の日も、なんとか本を読み進めようとするもやはり気になってしょうがない。記述があの一言以外に載っていないのに、だ。うーん、一旦『魔法全書』から離れるか? 

 あ、そういえばテオスやリリアって魔法についてわかるのかな。

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