第一章 幼少期編
第二話 転生
目を覚めますと一面真っ白な空間におれは居た。ここは一体どこだろうか。雲の上? のような不思議な空間だ。なぜこんなとこにいるかと考えようとするも、頭が全く働かない。あれ、おれはどうしてたんだっけ……。
「やあ」
突然、どこからともなく謎の男が姿を現す。
「……誰?」
正直誰とも話す気分ではなかったが、そのあまりの陽気な挨拶に、
「おや? なんだかブルーな感じ? よくないねー、君みたいな子どもはもっと元気がなくちゃ」
ブルーな感じといわれ、おれは咄嗟にさっきの出来事がフラッシュバックする。
「はっ!? うぐ……」
胸が苦しい。思い出してしまった。
どうしておれは急に殺されたのか。何か悪いことをしたのか。おれは……邪魔な存在だった?
もう傷跡がないのにもかかわらず、背中が痛む。覚えているのだ、体が。先ほどの痛みを。心の苦しみを。
「おいおい大丈夫かい? これは思ったより深刻そうだなあ」
なにか聞こえたような気がしたが、全く頭に入ってこない。苦しい、苦しい―—。
◇◇◇
「落ち着いたかい?」
謎の男に声をかけられながらなんとか落ち着きを取り戻す。というか男なのか? いやそれ以前にこいつが人間かどうかすら定かではない。
シルエットは限りなく人間に近いが、体の輪郭しか見えない上に、肝心の顔や体は見えない。認識できないとでもいうべきだろうか。普段なら大胆なリアクションで驚いてるところだろうが、今はどうもそんな気分ではない。正直そっとしておいてほしい。
「そうかそうか。じゃあそっとしておいてあげよう」
「!?」
こいつ今おれの心の声を……
「聞こえるよ」
まじかよ、神かなんかこいつ?
「うーん、少なくとも崇められてはいないかな。それよりさ、君の話を聞かせてよ。さっき寝言で父さんがどうとか言ってたみたいだけど?」
(おれが目を覚ます前からいたのかよ、というか心を読めるならほとんどお見通しだろうに)
そうだね、と言わんばかりのニヤリ顔でうなづく謎の男を横目に、口に出さなくても伝わるのであれば話すよりも幾分か楽だと思い、心の中で語り始めた。
「それは災難だったね。にしても……へぇ」
なにがへぇなのかはわからないが、一応は慰めながら聞いてくれた。途中で気付いたが、こいつおれ自身のことにはほとんど興味なさげなんだよな。どうして話しかけてきたんだ?
「いやいや興味がないだなんて、そんなことはないよ。興味はあるさ、ただ……ね」
なんなんだよ、全く。どうせ話してはくれないだろう。こんな、自分の顔すら明かさないような奴は。
「ご名答。ただ、僕のことを明かさないのは単に時間が無いからさ」
時間が? そりゃ一体どうゆう……
「僕と君の楽しい時間も終わりというわけさ。また会えるといいね、
何を言って、ってお、おお!? 急になんだ!?
まるで飛行機が墜落しているときのような重圧が体にのしかかる。
そのままやがて光に飲み込まれる。
「うわああああああああ!!」
◇◇◇
「******?***ツェ**ー?」
気が付くと一人の綺麗な女性がおれのことを覗き込みながらなにやら話しかけてきていた。何を言ってるかはわからないけど。
「……ぅぁ……!」
ん? 今のおれの声か?
「*****! ******!」
なんでだ? うまく声が出せない……。というかこの人たちめちゃくちゃでかいな……。
そこでふと近くにあった鏡を横目にする。
(えっ、えええええ!?)
鏡にはなんとも可愛らしい赤ちゃんの姿の人間が自分と目を合わせている。
(え、これがおれか? ……冗談だよな)
◇◇◇
一日経って、ようやく状況を理解した。
どうやらおれはどこかの誰かさんたちの赤ちゃんに
理解は出来ても正直納得は出来ていない。
この家族には申し訳ないがおれには母さんも父さんもいる。
でも、本来生まれてくるはずだった子におれが宿ってしまったのは……なんというか気の毒ではあるかもしれないな。なにしろおれには違う親もいて、違う人間として十六年間生きていたんだ。子を持つ親の気持ちは分からないけど、自分の子が実は
おれを含めこの家庭は、この先一体どうなっていくのだろうか。
◇◇◇
そうして、三ヶ月が経った。
この間おれの中では色んな事があったが、ある一つの大きな決断をする。
あの日、おれは決めた。ようやく決心がついた。
おれは、この世界で生きていくと——。
本当に何度も何度も悩んだ。生きていくかどうかではない。おれはどうするべきなのだろうかと。
初めの頃は、今の母の笑顔を見る度に転生前の母さんがフラッシュバックした。
口数が多くはないが、確かに愛情を持って接してくれる今の父も、寡黙な転生前の父さんに雰囲気がよく似ていた。
おれは気付いた。転生してきた子というのは何も関係がない。
家族なんだ。今の母も父も、母さんも父さんも——。
そうしておれが今の家族を受け入れて、前の家族のことを乗り越えようと決心した時、自然と涙が出た。
すると同時に、立派な赤ちゃんらしくぎゃーぎゃー声を上げてしまった。
この日まで一切泣かなかったおれが突然泣き出して、何事かと急いで駆け寄ってくる母。
「どうしたの!? 急に泣き出しちゃって!」
わからない。わからないんだよ。自分がどうしてこんなに泣いているのか。
「大丈夫さ。赤ちゃんなんて泣くのが仕事みたいなものだろう?」
父も若干心配そうにはしながらも、どこか嬉しそうに母に言う。
本当は知っていたんだ。この二人が一切泣かないおれを心配して毎晩悩んでいたことを。
言葉が少しずつわかるようになり、会話が聞き取れるようになってから二人の苦労を知った。
見抜かれていた。おれが悲しそうな、どこか消えてしまいたいと思っている顔をずっとしていることを。たかが赤ん坊にそんな感情が湧くはずもないと考えていても、この二人は息子が確かに悲しそうにしているのを感じ取っていた。
それでもあれほどの事があり、急に新しい親が出てきてもおれはどうしても受け入れることが出来なかった。
ここでこの両親を受け入れてしまえば、前の父さん母さんに失礼なんじゃないかって、そう考えていた。そして悩んで、悩んで悩んで——。
でも、もういいんだ。
こうやって、当たり前に赤ちゃんが赤ちゃんらしく泣いて、それを二人がよしよしとあやす。
ずっと愛情を向けられていたんだろうな。
ずっと拒否してごめんなさい。だけど、これからは——。
この日、おれが転生して初めて当たり前の日常を過ごして、初めて家族になれた気がした。
これからはよろしくね、おれの
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