第3話
「はい! ありがとうございます!」
僕には師匠がいた。師匠はいつも完璧で、僕に正しい道を指し示してくれた。
僕が悩んでいる時は一緒になって立ち止まってくれて、僕が一人で頑張らないといけない時は、そっと後ろから見守ってくれた。
これ以上ない師匠だった。
でも、別れは突然だった。完璧な師匠が事故に遭ってしまったんだ。
僕は初めその一報を聞いた時に、現実として受け止めることができなかった。嘘だろ、という気持ちすら湧いてこなかった。だって、そう思うということこそが逆説的に師匠がもういないことを告げているようで。
そこから、僕の人生は百八十度別物へと変わってしまった。
仕事にも手が入らず、私生活もズタボロになっていった。僕にはもう師匠がいない。
一緒に泣いて、笑ってくれる師匠がもういないんだ。生きる意味を失ってしまった。
朝も昼も夜も関係なく、僕は涙を流すことなくただ呆然としていた。
あぁ、僕が貴方ほど完璧だったらこうはならなかったのでしょう。
僕が師匠のように完璧だったらきっと師匠を救うことだって出来たはずだ。でも、僕には師匠ほどの才能も力もない。
僕はちっぽけな存在だ。
僕も貴方のように…………
❇︎
そこから数年の時が流れた。初めはこの世の終わりかと思うほどだったけど、今では随分と落ち着いてきた。
師匠がもし今の僕を見たらきっと、一緒になって悲しんでくれるだろう、そして、でもそれだけじゃダメだと言ってくれるはずだ。いつも師匠は僕の背中を押してくれた。今の僕を見たらきっと師匠は残念に思うだろう。
そう思えてきたんだ。今亡き師匠の為にも、僕が師匠の分まで頑張るのだ。
そうやって少しずつ少しずつ気持ちの整理をつけ、なんとか復活できそうになってきたある日のこと、見覚えのない番号から電話がかかってきた。
僕は電話は正直好きじゃない。無駄に時間がとられるし、自分と全く関係のないことだったりするからだ。チャットやメールで連絡した方が数百倍も効率が良いと思ってる。
ただ、今回は、今回ばかりはどうも嫌な予感がした。そして、その悪寒にも似た予感から逃げるように僕は電話に出てしまった。
「はい、もしもし……」
その電話の主は師匠の親族からだった。なんと、師匠の自室から遺書が見つかったらしいのだ。
「えっ! ってことは……」
師匠は自殺したのだ。
そして、その遺書に僕が出てくるからもし読みたいのなら指定の場所に来てくれ、と伝えられた。僕は師匠の亡霊だと知りながら行かないという選択肢はなかった。行かなければ、これ以上前に進めないとも思った。
伝えられた場所は恐らく師匠の実家と思われる場所だった。長い間付き合ってきたと思っていたが、まさか師匠の死後に実家に来るとは思わなかった。
そして、初対面の親御さんに挨拶を済ませ、早速遺書を読ませてもらった。
『拝啓、■■。これを読んでいるということはそういうことなのだろう。俺の計算が正しければ恐らくお前が落ち着くだけの年数が経っている筈だ。単刀直入に言おう、この手紙はお前への謝罪だ。お前はいつも俺を慕ってくれたな。師匠と言って敬ってくれて、完璧だと褒め称えてくれた。だが、俺はそんな素晴らしい人間じゃないんだ。俺もただの人間だった。俺はお前から見ている俺にはなれなかった。ごめんな』
この手紙を読んだ時、僕は思わず手を離してしまった。頭が真っ白になった。
「ぼ、ぼ……ぼ、僕が師匠を、、、」
そこからどうやって家に辿り着いたかは記憶にない。親御さんに対してどんな顔向けをしたのかも分からない。
ただ気付けば僕は自宅の浴室にお湯を張り、その中に沈み込んでいた。
僕が、僕が師匠を、殺したのか……?
僕の所為であの完璧な師匠が?
頭の中はただそれだけのことだった。
あれだけ師匠のことを想いながら、師匠の為にも、師匠に立派な姿を見せる為にも、と奮起していたこの僕の所為で師匠が死んだのか?
なんて愚かなんだ。
あぁ、あぁ。どうすれば、どうすればこの僕は、
携帯の待ち受け画面を見ると、そこには師匠と撮った唯一の写真があった。師匠は写真が撮るのが嫌いだった。
何分、何時間の間そこにいたのだろうか。すっかり湯も緩くなり僕の頭もクラクラしてきた。
そして、僕は師匠との写真を削除した。
また、きっとどこかで……
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ーーー【溺死無効】を獲得しました。
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