第2話
「わぁー、凄いじゃない! 百点取ったのね、偉いわね〜!」
私の最古の記憶はこの声だった。
そして、その記憶が私の生きる指針となった。
私は褒められる為に勉学に励んだ。すると、それだけで何故か周囲から褒められてしまった。そしてその賞賛は私を突き動かす原動力となった。
ある時、小学校の体育の授業でサッカーを行った。勉強ばかり行っていた私はサッカークラブに入っていた子に負けてしまった。
憤慨した。
私が負けるようなことがあってはならない。それは勉強においてだけではない。幼心に私はそう思った。
母に懇願し私もサッカークラブに入れてもらった。家に帰ってからは何時間もサッカーの練習を行った。当然、暗くなってからは勉強もした。
そして高学年に上がる頃、私にスポーツで勝てる人はいなくなった。クラブに入ったことで基礎的な体の動かし方を身につけ、賢い私はそれを応用することでどんなスポーツでもある程度まで自在にできる様になった。
小学校において、私は無敵の存在だった。
そしてその勢いは中学校に上がっても留まることを知らなかった。勉強もさして難化せず、スポーツ、サッカーにおいても小学生からの歴がものを言った。
だが、中学生においては勉強とスポーツの他にもう一つの評価基準が加わった。
それは、見た目だ。
これに関して私は難儀した。私の顔は、醜悪というほどではないのだろうが、それでも美麗と言うには及ばないほどの顔だったのだ。努力でどうにかなる勉強とスポーツはまだしも、見た目を変えるのは相当ハードルが高かった。だが、私は諦めなかった。
私にとって少々ハードルが高いというだけでは諦める理由にはならなかった。むしろ私の無敗に泥が付くのは避ける為に俄然やる気が上がった。
だがそうは言ってもこの問題は努力では解決できない。そこで私は頭を捻って打開策を編み出した。
それは評価基準をずらす、というものだ。
そもそも見た目、と言うのは勉強の様に明確な点数が出るものでもなく、スポーツのようにきっちりと勝敗がつくものではない。あくまで個人の主観において判断されるものなのだ。
何が言いたいかと言うと、私は見た目においてある一点にだけ集中することにしたのだ。
それは清潔感、だ。
先述の通り、見た目の良し悪しは人の感覚によって左右される。だが清潔感はどうだろう。これも人によって判断基準は異なるだろうが、殊日本においてはその基準は大方統一されている。そして、中学生で清潔感に気を遣える男は少なかった。
私の行ったことは非常にシンプルだ。毎日シャツにアイロンを掛け、香水をほんのり香る程度に振り、校則の範囲内で髪型を整えた。体の内面からも清潔感を出すために食生活を意識し規則正しい生活習慣を心がけた。
するとどうだろう、何も意識していなかった頃に比べ、気品がある、オーラがあるなどと言われる様になったのだ。顔は変わっていないのにもここまで評価は変わるのだ。大事なのは意識だった。
中学校でも私の地位は揺らがず、私は高校へと進学した。
私が入学した高校は地域でトップの進学校だった。その為か、またもや評価基準が変動することになった。スポーツと見た目の重要度が幾分が減り、それを圧倒的に上回る重要度で勉強がのしあがってきたのだ。
勿論、前者二つが評価項目から消えたわけではないため、油断はできなかったが、今までよりも一層のリソースを勉強に割かねばならなかった。
入学当初、私はかなりの余裕を持っていた。見た目もスポーツも勉強もできる私は皆から一目を置かれていた。だが、二年三年と進学する内にどんどんそれらの価値が暴落していった。
風向きが変わり始めたのはここからだろうか。私は部活にも一生懸命励んでいたため、勉強一筋の者に敗北を喫する様になった。
それでも私は睡眠時間を削りなんとか食らいついた。だが、徐々にボロが出始めた。
皆はそれでも私を褒めてくれたが、それではダメなのだ。私は一番でなければ、完璧でなければ。
私の志望校は当然、理Ⅲだった。それ以外は選択肢に存在しなかった。
私はただ只管に勉強をし続けた。狂ったように勉強をし続けた。睡眠時間を極限まで削り文字通り死ぬ気で勉強し続けた。でも、私の手は届かなかった。
「落ち……た?」
合格発表の日、私の世界が暗転した。全てが、今までの人生の全ての努力が水の泡となったのだ。
私は鏡の前に立ち、自分の醜悪な顔を眺めた。本当に醜い顔だ。
ゴクリ
私は、受験勉強の時に使用していたカフェインの錠剤を飲んだ。少し気分が良くなった。
だがすぐに効果は切れた。ずっと使用していたから耐性がついてしまっていたのだろう。結構強めの錠剤を海外から仕入れていると言うのに全く困った話だ。
私はケースに入っていた全ての錠剤を掌に乗せ、飲み込んだ。すると、頭の中の靄が晴れたかのような爽快な気分になった。今なら空も飛べそうだ。
よし、散歩でもしよう。こんなに気分がいいのに、家に引きこもっていては台無しだ。
外に出ると、陽の光がとても眩しかった。どうやら快晴のようだ。
当てもなくプラプラと歩いていると気づけば私は橋の上を歩いていた。車がバンバン通る大きな橋だ。だがおかしい、車の騒音が聞こえない。
誰かに呼ばれた気がして上を向くと、そこには真っ白な太陽が大きく鎮座していた。最後に感じたのは何だったろうか、眩しいと思う間も無く、私の意識は途絶えてしまった。
・
・
・
ーーー【毒無効】を獲得しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます