雨に揺れる境界

長月瓦礫

雨に揺れる境界


ざあっと夕立ちが降る。いきなりの雨に途方に暮れていた。

夏特有のゲリラ豪雨だ。雨粒が勢いよく窓を滴り落ちる。

 

傘なんて持っていなかったし、どうしようもできなかった。

しばらく待てば、晴れるだろうか。


「傘、ありますけど。使いますか?」


水無月颯真は折りたたみ傘を取り出した。

歩く自殺志願者みたいな雰囲気を出しているこの男は我らが文芸部の後輩だ。

文学特有の空気がそうさせるのか、文芸部は変な生徒のたまり場みたいになっている。私は二次元に魅力を見出す程度の癖を持つただのオタクだが、水無月の場合は根本的に違う。


常に憂鬱な空気を醸しだし、その場にいるだけで雰囲気を暗くしてしまう。

生死の境界をうろついているような様相を呈しているかと思えば、はつらつとした表情を見せ、自分の意見を押し通す一面もある。


もう一人の水無月颯真がいる。

この違和感をどう表現すればいいのだろうか。


「アンタはどうすんの?」


「……別に大丈夫です。俺、家近いから」


「家どこ?」


「あっちです」


窓の向こうを指さした。

いや、分かんねえよ。どこだよ。


「本当に、俺のことは気にしなくていいので……雨もやみそうにありませんし」


消えそうな声で傘を机に置いた。

人の影におびえながら学校を歩いているからか、常にうつむいていた。

挙動不審な行動が逆に目立っていて、人から避けられている。

本人は一切、気づいていない。


「アンタさあ、もうちょっと普通にしたら?」


「普通ですか」


しばらく黙り込んだ。


「普通って何ですか」


闇に沈んだ両眼、有無を言わせない圧力が怖い。

引き込むだけ引き込んで、戻らせるつもりが一切ないのだ。

ブラックホールみたいな闇を抱えている。


「先輩はオレを偽物だと思わないんですね」


「どういうこと?」


「あ、何でもないです。気にしないでください」


水無月颯真のことが未だによく分からない。

人の影を徹底的に避けるくせに、虹みたいな綺麗な作品を生み出すのだ。

どこからそのような力が湧いてくるのか。

本当にワケが分からない。


「アンタさ、作文教室とかに通ってたりしてたの?」


「通ってないです。習い事とか全然やってなくて……ていうか、そんな教室あるんですか? 知りませんでした」


「実はコンクールに応募するようなガチ勢だったりとか?」


「コンクール? 何の話ですか?」


「この前の詩を読んだけどさ、本当に初心者なの?」


「初心者です、ハイ……」


詩を初めて書いたというのに、すでに作風が確立していた。

独自の世界観を持っているように思えた。その先に私は踏み込むことができない。


「傘、借りるから」


私はそれだけ言って教室を出た。

水無月は困惑した様子で窓の外を眺めていた。

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