イニシエーション?

「それから、気持ち悪いんだ。芽唯めいに抱き締められて、下半身が熱をもった。紺野さんを見てるだけで、ジンとした。花村や新田にったや佐伯に、その手の本を渡されて見ただけで、熱をもった。芽唯が、言うみたいに猿だよ。俺は、坂口みたいになりたい。ただ、好きな人の視界に入ってるだけでいい。下半身がこんな風になるの嫌だ。」


「あつ、それは大人になる為の事でしょ?あっ、ほらほら」


私は、ある作家の小説のページを捲った。


佐伯君を好きになって、買った小説だった。


「なにこれ?」


「人は、身体で恋をするって小説」


「なにそれ?」


「待って、あつの話も書いてたから…」


私は、ペラペラとページを捲った。


「ここね、読んであげようか?」


内容をチラッと見て、あつは頷いた。


「彼女の小さな胸の膨らみが制服の上からでも確認できた。ズクンと胸の痛みと同時に下半身が熱を帯びる。「気持ち悪い。そればっかりだから男子は嫌い。」彼女が友達と話していたのを思い出した。僕が、トイレに走っていくと国語の岩橋先生が近づいた。「どうした?」その声に、僕は、泣きながら先生に話してしまった。「それはね、大人になる第一歩なんだよ。君の体が大人へと変わるためのイニシエーションだよ。」「なにそれ?」尋ねた僕に先生は、笑った。「ようするに、成長過程だ。君はもう誰かを妊娠させれる準備が整ったって事だよ。だからこそ、悪戯に女の子にれてはいけないよ。君の体は、女の子を傷つける存在に変わった事を理解した上で生きなくちゃならないよ。」僕は、自分の下半身に責任を持つ事を学んだ。」


小説を閉じた私をあつが見つめる。


「イニシエーション?これが、そうだって事」


「うん、そう書いてある。岩橋先生は、女の子にも同じ事を言うの。彼を考えると胸と下半身がキュッとするって話した子にね。

イニシエーションだよって言うの。君の体は、男の人を受け入れる準備が整った証拠だから。悪戯にしてはいけないって、ちゃんと大切にしなきゃいけないって。」


「そうなんだね」


「うん」


私は、あつの膝を抱えてる手を握る。


「坂口君は、まだイニシエーションがきていないだけだよ。あつは、やってきたの。ほら、気付いてないだけで花村君も新田君も佐伯君もきてたわけでしょ?」


「うん」


「あつは、ちゃんと傷つける存在にかわった事を、頭の片隅で理解していたんだよ。わかる?」


「うん」


「だから、その下半身をそんなに否定するのはやめてあげなよ。」


「芽唯も、佐伯を見たら下半身がキュッとなるの?」


照れ臭そうにあつは、下を向いて話した。


「なるよ。キュッてなる。それだけじゃない、もっと奥の方からズキズキする。多分、体が佐伯君を欲しがってるんだと思う」


「嫌じゃないの?」


「嫌なわけないじゃん。好きな人にれたい、れて欲しい。そんなの当たり前の感情だよ。でもね、ちゃんと考えないと頭と下半身が連動して好きだって思い込むの。」


「それって?」


「あつが見たお母さんと同じだよ。好きじゃなくたって出来るんだと思う。下半身の声に従うのはやめるべきだよ。あつは、従ってないけどね」


私は、あつの両頬をつねった。


「芽唯に感じたのは、違うって事?」


「この胸の痛みと連動しなかったなら、それは単純に下半身の誤作動だよ」


あつは、片方の手で胸を押さえる。


「ズキンってしないみたい」


「だったら、下半身の誤作動だね」


私は、あつに笑いかけた。


「でも、キスしたい」


「はっ?何言ってんの?」


「佐伯に、芽唯の初めてのキスをとられるのは嫌だよ」


「だから、何言ってんの?」


「それは、俺だってわからない。でも、イニシエーションってやつの一つなら。俺は、芽唯のキスから始めたい。」


「すぐに覚えた難しい言葉使うの好きだね?」


「うん。はぐらかさないで」


私も、きっとそう。


このキスには、何の意味もない。


ただの通過儀礼の一つだってわかってる。


でも、その一つにあつがいてくれるなら…


あつの一つに私がなるなら…


それで、構わないって思ってしまいそうになった。


「芽唯、帰るまでに返事くれたらいいから」


「うん」


あつは、またクッキーを食べる。


私、佐伯君が好きなんだよね?


何か、わからなくなってきたよ。


一週間後ー


「ねぇー。考えてくれた?芽唯」


「えっ?ううん。まだ」


「いつにする?」


「佐伯君にふられたらね」


「それっていつ?」


「卒業式」


「そこまで、待つから。だから、絶対、初めては俺だよ。わかった?」


って、言っていた癖に…。


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