君を脅す
「付き合った人、みんなにしてるの?」
「してない。おのちゃんが、初めて」
「勝手におのちゃんって呼んでるの?」
「悪いかよ。入学式の日に、めっちゃお腹痛くて、助けてくれたのおのちゃんだった。その時の匂いとか、手の感触とか、全部好き。マジで、好き」
「へー。」
胸がチクチクから、グリグリと抉られる痛みに変わる。
今までは、遠い存在だった彼女だったのに…。
この痛みは、小野田先生だからなんだと思った。
「俺、好きと抱きたいがイコールなんだよ。だから、すぐに手だそうとする。駄目だってわかってても、おのちゃんを目の前にすると止められなかった。わかんないだろ?夢野には…」
「えっ、うん」
胸の痛みの音が強すぎて、大好きな#新田__にった__#君の声が何一つ入ってこなかった。
「ごめん、こんな話して。みんなには、出来ないからさ」
「あのさ、新田君。死のうとしたの内緒にしてあげるから、夏休み、私とデートしてよ」
「えっ?あっ、うん。わかった。」
「番号教えて」
「あっ、うん」
新田君は、番号を教えてくれた。
「じゃあ、俺、帰るわ」
「うん、バイバイ」
私は、酷い人間だ。
新田君の弱みを見つけて脅すなんて…。
でも、そうでもしなくちゃ、心がもたなかった。
私は、涙を流しながら教室を出て歩き出した。
次の日の放課後、赤池さんが何かを立ち聞きしてるのを見つけた。
どうやら、小花さんが、いじめられていたようだった。
数人の女子が消えた後、坂口君が、教室に入るのが見えていた。
私には、関係ない事だった。
新田君は、昨日の教室に居た。
「また、死ぬつもりだったの?」
「ちげーよ。」
「じゃあ、何してんの?」
「お前が、誰かに俺の事話すんじゃないかと思ってさ」
「へー。ビクビクしてたんだ」
「そ、そうだよ」
やっぱり、新田君は、頭がよくない。
花村君とそこが決定的に違う。
でも、私は新田君のその馬鹿な所が好きなんだけどね。
「もっと、勉強出来るようになった方がいいかもね?」
「出来るわけないだろ、俺、頭悪いから」
「何でも、そうやって諦めるのが新田君の悪い癖なんじゃない?」
「どういう意味だよ。」
「すぐに壁が現れたら、新田君はすぐに諦める。そのままの意味だよ。」
新田君は、頭を掻いていた。
顔は、いいのに勿体ないよ。
私は、新田君に近づいた。
「新田君、小野田先生を好きなら力ずくでは駄目だって気づくべきだよ」
私は、そう言って教室を出た。
新田君は、夏休み一度だけ私のお願いのデートをしてくれた。
公園で、新田君とソフトクリームを食べていると急に家の話をしだした。
「夢野、俺ね。殴られて育ったんだよ。愛してるから、殴るんだって言われて育った。愛は、自分の力で奪うものだって教えられたんだよ。」
そう言いながら、新田君は寂しい目をしていた。
「誰も気づいてないんだよ。いい両親なんだよ。外面がとんでもないぐらいよくて…。おのちゃんも、俺が殴られてるって知らないよ。」
そう言って、新田君は、前髪を上げた。
「痣、痛くないの?」
おでこに痣が出来ていた。
「痛かったよ。でも、愛してるからするんだって。」
「それは、愛じゃないと思うけど」
「愛だよ。これは、俺の家の愛だよ。」
「でも、それぐらい激しいぐらいの愛の方が幸せなのかもね」
私は、笑いながらコーンをかじる。
「どういう意味?」
「こんなに激しく愛されてるんでしょ?これって、期待されてるって事?イライラされてるって事?私はね、イライラもされたこともないよ。」
「それって、何?」
「さあー。興味がないの。わざとね、テーブルの上のお茶をこぼしたとしたら?新田君なら両親になんて言われる?」
「何してるんだって、頬を叩かれる。」
「凄いね。私はね、無言で掃除されるんだよ。それで、何事もなかったように食事が終わる。夜の22時に帰った時もね。心配なんかないんだよ。チラッと見て、テレビ見てお酒飲むの。」
「夢野は、一人っ子?」
「違うよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんがいる。」
「みんな、そんな感じなのか?」
「そうだよ。みんな親にされてる。ただ、お小遣いはくれるし、必要なものもくれる。だけどね、興味はないみたい。だから、何をしても怒らないし、何をしても褒めてくれない。」
私の言葉に、新田君は眉毛を寄せる。
「愛してるの反対は無関心だと言った人が、TVでいたの。それ見てこれだぁーって思った。愛していないって事なんじゃない?」
「みんな複雑なんだな。」
新田君は、鼻の頭を掻いている。
「同じ服着てるだけで、みんな色んなもの抱えてるんだな。」
「新田君、小野田先生にも優しくしなよ。下半身と好きを連動させるのは、小野田先生に嫌われていい時だけにすべきだよ。じゃないと、小野田先生に話しかけられなくなっちゃうよ」
「なんだよ。それ」
「別に、新田君のそのイコールは、小野田先生を困らせるんだよ。」
その日、私と新田君は暗くなるまで一緒に過ごした。
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