閑話 女子だけのLINEグループに入るのはまだ早かったみたいです

 家に帰って、親にはまだ野球部に入るとは言えなかった。

 両親は心の折れた俺を、辛いなら続けなくていいと優しく迎えてくれた。散々金を使ってもらって、それが無駄になったにもかかわらず、気にしなくていいと言ってくれた。

 本当にいい両親の元に生まれたと思う。だからこそ、余計な心配はかけたくない。もしトラウマを克服出来たら、親に伝えよう。もしダメなら、適当に誤魔化すだけでいい。

 ランニングで大量の汗を吸い込んだウェアを洗濯カゴに投げ入れ、シャワーを浴びる。

 風呂場から出ると、スマホに通知が来ていた。

 名前は『きらめけ! 山高野球部!』だった。

 武田と別れるときに、「冬也くんも野球部の一員だから、グループに入ってもらうからね!」と半ば強制的に友達登録をされ、いつの間にかグループに叩き込まれていた。

 女子と連絡を取るって、やったことがないんだが。どんなメッセージを送ればいいんだ。

 グループの画面を開くと、俺がグループに参加しましたという表記の下によろしくといったメッセージがずらずらと並んでいた。

 とりあえず、俺もよろしくと送り返す。

『明日からよろしくね、冬也くん! 楽しみにしてるぜ!』

 武田から即座に返事が来た。

 直接話している分には違和感がなかったけど、文字で見ると女子っぽくないな。

「ってか、どうやって返信すればいいんだ?」

 思わず頭を掻く。

 俺も楽しみにしてるよ、とか? いや、別に楽しみにはしてないから嘘はつけないし。

 よろしくな、とか? 他の女子も見ているトークでそんな馴れ馴れしい言葉を贈るべきじゃないな。なら、もう少し丁寧に、角が立たないような返事で。

『はい』とだけ送っておいた。これなら誰も不快にはならないだろう。

 しかし、直後急にスマホがブルブルと震えた。

 どうやら、何件ものメッセージが同時に送られてきたらしい。

『めっちゃ丁寧じゃん! もしかして千夏、脅した?』

『どうにかして説得すると言っていたが、千夏なら力ずくというのもありえるかもしれないね』

『中村さん。脅されているなら今すぐ逃げてください。今日のあなたを見て強引に野球部に入れようなんて馬鹿は一人も……あ、千夏がいました』

『私、千夏先輩のこと好きっすけど、何かしらの弱みを握って無理矢理ってのはさすがにひくっす……』

 あ、あれ?

「もしかして、ミスった?」

 でも全面的に武田が責められているからセーフか?

 まずは様子を見よう。もしかしたら友達同士の冗談かもしれない。

 数秒ほどで、武田の返信がくる。

『なんだか私が悪者みたいになってるよ!? もっと楽にしていいんだよ、冬也くん!』

 どうやら、武田に悪いことをしてしまったらしい。

 慣れていないから仕方ないとはいえ、あらぬ誤解を生んでしまったのは俺のせいだ。

 誤解を解くためにも、まずは謝っておこう。

『すみません』

 また一気にスマホが震えた。

『手懐けてるじゃん!』

『手懐けているね』

『手懐けてますね』

『ペットっす!?』

 うん。またミスった。

 なんか続々とスタンプが送られてくる。なんだこれ、怖い。もしかして、炎上ってやつか? インターネットに詳しくないからよく分からないが、良くないやつだ。

 ほんの数分でトーク画面が大暴れしている。

 これは、どうにかしないといけない。俺が巻いた種だ。俺が弁明しよう。

『勘違いをさせてしまったようですみません。慣れていないので、少し硬くなってしまいました。別に脅されて野球部に入ったわけではありません』

 再びすぐにスマホに返信が並ぶ。

『めっちゃ謝るじゃん! いつもこんな感じだから気にしなくていいよ!』

『好きなようにするといいよ。千夏はいじられてこそ輝く女の子だからね』

『千夏は馬鹿ですけど、人としてやってはいけないことの区別はできる人間であることは分かってますから』

『私はずっと千夏先輩の味方っすからね!』

 マジかよ。今までの全部冗談だったのか。

 本気で武田が責められていると思っていたのが急に恥ずかしくなってくる。なんだ、この軽いけどふわふわしたやりとり。こんなの、やったことないぞ。

「これが、女子って生き物なのか……?」

 恐怖を覚えた俺は、そっとスマホを閉じて通知を切る。

 まだ俺には女子とのグループトークは早かったようだ。

 寝るための支度を整えた俺は、深呼吸をした。

 明日のためにやらなくてはならないことが一つ残っている。

「さて、最初の難関と戦うとしますか」

 トラウマと向き合う第一歩を踏み出すために、俺は机に向かった。

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