第19話 月夜に誓う……のと学ぶ



 雲一つない空に浮かぶ満月が、小山の頂上に居る二つの影を見下ろす。



「今夜は……月が綺麗ですね」

「確かに月が綺麗じゃなぁ……月を見るのはいつぶりか、あの祠では月は見えんかったらな」



 ギルドでの騒動とレックス達との談笑から数時間、すっかり夜は更けた。

 今はハジノスから少しのとこにある小山、その頂上に来ており、そこから月を眺めていた。

 此処はライトが見つけた、月が綺麗に見える場所である。


 ライトは月を見るのが好きだ。

 月はおのれの全てを包み込むようで、月を見ている間だけは、世界に在る悪意を忘れれる気がするから。

 


「して、話したいこととは何じゃ?」



 此処に来ると提案したのは、ライトの見つけた場所なので当然ライトだ。

 ライトは、月を見るのを止め、隣に立つヨルの金剛のような美しい瞳を真っ直ぐ見据え、口を開く。



「改めて、ヨル……貴方に誠意を見せておこうかと思いまして」

(ただの建前ですけどね)

「ふむ……聞こうではないか」

(これは、僕の戒めです)



 誠意を見せるというのは、ある意味で間違ってはいないが、ライトの本意はそこにはない。

 ただ今日を過ごし、思うことのあったライト自身の戒めの為に、此処へと来た。

 この場所が、最も誓いを立てるのに良いと判断したからだ。

 


「今日の戦、初陣ういじんと言えど貴方の意に沿わぬ、情けない処を見せたこと、深く反省致します」

「ふむ」

 


 古代森竜エンシェントフォレストドラゴン阿修羅土蜘蛛アシュラツチグモとの戦いについてのことだ。

 振り返って見ても、もっとやりようがあったとライトは後悔していた。

 自身で決めたスタイルを突き通さなかったこと、恐怖で隠れるという、戦士としてあるまじき行為をしたこと。

 それをヨルの口から注意させたことも。

 全て契約を交わした時から理解していた筈なのに、やると決めた筈なのに己は失敗したとライトは深く後悔している。



「多くは語りません。それは僕にとっても貴方にとっても、唯の言い訳に過ぎませんでしょうから」

「そうじゃな」



 ライトは、ヨルが薄々気づいているのではないのかと思っている。

 これが自身の為にやっていることだと。

 だから、無駄な思いは語らない、付き合わせている以上は本当に言いたいことのみを語るべきだと判断したからだ。

 静かに手袋を外し、片膝を突いてヨルの右手を取り、こうべを垂れる。



「誓いでも契約なんかでもなく、確かな言葉を貴方に」

「…………」

「僕は貴方にこれ以上の醜態しゅうたいは晒さず。此後、貴方の求める勝利をけんじましょう」

「…………」

「そして、いつの日か貴方と並び立てる日が来たならば、この身が果てるまで……いえ、何度果てようとも――



 顔を上げ、再度その金剛のような瞳を真っ直ぐ見据え、ライトは、



――――輪廻の円環の如く不滅なる、永久とわの愛を貴方に



 戒めとする誓いを立てる。

 その瞬間、



「それっ――

「わわっ――



 二人の手の間から生じた光が辺りを包む。

 あまりの光量に双方が目を閉じる。

 数秒で、その光は収まった。



「んん?何だったんでしょうか?」

「…………」

「ヨル?」



 いつもの調子に戻り、ヨルへと声を掛けるライト。

 だが、ヨルはライトの声に反応せず、自身の右手を見ているのみだ。

 そんなヨルに釣られるようにライトも自分の右手を見てみる。

 右手には、やはりというか相も変わらず黒い王冠の刻印があるのみ。

 ライトは、ふと何かにさとされるように今度は左手を見てみた。

 そこには、



「何ですかコレッ!?」



 手の甲に黒と紺色の二匹の蛇が捻じれ合い、互いの尾を噛み合って無限のような形になっている刻印があった。

 直感に従い、ライトは即座にヨルの右手を見た。

 やはり、ライトの左手と同じ刻印があった。



「よ…ヨル、こ…コレ……」

「ライト、先程の誓いの最後の言葉、何処で知った?」

「え?」

「"輪廻の円環の如く不滅なる、永久の愛を貴方に"……この言葉、何処で知った?」

「何処でって……確か……」



 ライトはヨルの質問に答える為に、記憶を引っ張り出す。



「白魔に伝わる有名な昔話の口上だった気がします。今振り返ると何故、その言葉が出たんでしょうか?」



 ライトとしては、別に言う気が無く、いつの間にか口を衝いて出ていたという感じだ。

 神妙な顔をしたヨルがライトを見たまま口を開く。



「その言葉は……我らが蛇に伝わる"婚約"の言葉じゃ」

「へ?……こ…コンヤク?婚約ッ!?」



 ライトは一瞬、ヨルの言ったことが理解できなかった。

 余りにも予想外な単語に脳が完全に停止していた。

 今も思考が定まらず、焦り散らかしている。

 尚、あくまで"婚約"の言葉、決して求婚や結婚を誓う言葉ではない。



「と、というこはっ、僕とヨルが、こ、婚約してしまった。ってこと、ですかっ///」

「まあ、そういうことじゃの……婚約紋が出てるしな」



 ライトは自分の顔に熱が集まっていることを自覚し、ヨルにその顔を見られたくないが為、と同時に熱に浮かれた思考を覚ます為に月を見る。

 しかし、二人の間で起きたことなど素知らぬようにただ満月は見下ろすのみである。



「ふむむ~まぁ、悪くないものかものう」

「何が、ですかっ?」

「当然、お主との婚約についてよ」

「っぁ~///」

「全く、い奴じゃ」



 会話をしながらライトの背後まで移動したヨルは、左手でライトを自分の方に引き寄せ、前に回した右手でライトの首を撫でる。

 その一連の動作の途中にも後にも、抵抗を許さず、ヨルはライトをただ弄ぶ。



「はうっ」

「この我に婚約の申し出とは、今までただの一人もいなかった。誇っても良いぞ、ライト」

「あっ、いやっ」

「然も、月が綺麗なこの場所で、か……I love you…というやつじゃな」

「んっ、どういうっ?」

「気にせんでよい」



 ライトは気付かない、いや気付けないと言った方が正確だ。

 背後からヨルが抱きしめて拘束している為、振り向けないのだから。

 ヨルの頬にほのかに朱が差している、という事実に。

 今の行動が全て唯の照れ隠しである、という事実に。


 気付けぬが故、ライトはそのまま、かれこれ数十分ヨルに遊ばれ続けた。



「よし、これくらいじゃろ」

「うぅ~疲れました」



 予想できた通り、艶々つやつやしたヨルとぐったりしたライトという構図が出来上がった。

 


「さて、我からも言うこともあるのじゃが、聞いてくれるか?」

「ヨルからですか?…聞きます」



 あまり予想していなかった言葉に、ライトは少し驚きながらも聞かないという選択肢は無いので、聞くことにする。



「その右手の刻印、それは"契約の証などではない"のじゃ」

「……え?」



 自身の耳を疑うライト。

 反射的に、まだ手袋を着け直す前だったのでそのまま出ている右手を見る。

 黒き王冠は、ただ沈黙したままそこに座しているだけだ。



「じゃあ、僕とヨルは契約で結ばれていなんですか?」

「いや、結ばれておる」

「……え?ん?」



 ライトは混乱している。



「契約術には確かに契約紋が出るものもあるが、我がライトとの契約に使った『双血王座そうけつおうざ誓約せいやく』は契約紋が出ない術じゃ」

「――では!これは何なんですか!」



 あまりの混乱に、ライトはヨルに対して少し口を荒げる。

 ライトは、ヨルを完全に上位者として認識している為、敬意が薄れようとも、戦闘などの高揚こうよう以外では口調が崩れたことは無かった。

 


「それは、"彩王紋さいおうもん"という刻印じゃ。その紋を身体に持つ者は、このミルフィリアにお主含め現在七人、同時に八人しか存在せぬ」

「さいおうもん?どういった条件で現れるんですか?」

「さあ、それは我にも分からぬ」

「え?……ヨルが知らない何なんて……」



 ライトの中でヨルは、この世の叡智の結晶のような存在になっている。

 知らぬことなし、正に歩く大図書館のような評価だ。



「我とて知らぬこともある。我には、神の考えなど理解出来ぬからな」

「神?」



 ヨルの口から出た単語に、ライトは疑問を抱いた。

 何故、神なんて言葉が出てくるんだろう?という感じに。



「彩王紋は、神に選ばれし者『八彩鉱王はっさいこうおう』であるという証明の刻印じゃからな。当然、決定権は神々にある」

「神に、選ばれし…者?」

「刻印の色によって、その者がその王か判断できるのじゃ。ライトの刻印の色は黒、『黒剛の王シュヴァルツ』だろうな」

「……??」

「どうした?流石に、『八彩鉱王』くらい知っておるじゃろ?」



 ヨルは、気の入っていない、具体的に言うと頭の上にハテナマークが物理的に存在して良さそうな程に首を傾げているライトに、思わず確認する。

 すると、ライトは口を開き、



「『八彩鉱王』って何ですか?」



 と言い放つ。

 


「…………」

(こやつ何処まで世間知らずなんじゃ……)



 ヨルは、天を仰いだ。

 『八彩鉱王』の存在は、ミルフィリアに於いて一般常識である。

 皆様の世界で言うなら、大陸の名前くらいの常識だ。


 重く長い沈黙が、二人の間を流れる。


 ヨルは、深い溜息を吐く。

 ヒシヒシと伝わってくる呆れの感情に、ライトはビクりと身体を跳ねさせる。



「仕方ない、我が説明してやろう。『八彩鉱王』というのはな――



【蛇の王、絶賛説明中!】



――なんて者達なのじゃ。こ・れ・は!一般常識ッ!じゃ!!」

「は、はいっ!」



 ヨルの怒気にライトは自然に背筋が伸びている。

 何とか、緊張しながらも頭の中に知識を詰め込んだライトは、口を開く。



「で、その『八彩鉱王』に僕が、選ばれたってこと、なんですよね?」

「そういうことじゃ」

「凄いこと、なんですよね?」

「ああ、そうじゃ。我が伴侶になる前提条件としては良いくらいにはの」

「…………」



 ライトは、ヨルから顔を逸らし、月を見る。

 再度、自身の右手をライトは見る。



(急に言われても、現実味が無いですよ)



 それは『八彩鉱王』になったことか、ヨルと婚約したことか、将又はたまた全く別の何かか。

 知るのは、見下ろす満月とライトのみである。



◆◇◆



 彼は、後にこう語る。

 全てが、本当の意味で動き出したのは、あの満月の夜であったと。



□■□■□



語り部「祝!婚約!いや~目出度いねぇ」

蛇の王「はぁ、お主はいつもそんな感じじゃよな。人を弄って楽しいかえ?」

語り部「最高に楽しいね!然も蛇王だって僕と大差ないじゃん」

蛇の王「そうかえ?もっと愛のある弄りだと思うがのう」

語り部「大して変わんない、それに僕の弄りに愛が無いって遠回しに言わないでくれるか?愛はあるぞ」

蛇の王「ほぉ?だったら証明してみせよ、さあ早く!」

語り部(こいつマジで、どっからでも自分の持って来たい方向に捻じ曲げるじゃん)


この後、何が起こったかは想像にお任せしよう。


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