第17話 帰還、達成報告



 制限の話を終えたところで、ふとライトは思い出す。



「そういえば、阿修羅土蜘蛛アシュラツチグモってどうなったんですか?吹き飛んじゃいました?」



 阿修羅土蜘蛛のことを。

 正直に言って、あの雷を受けて原形を保っていないだろうとライトは思った。



「ああ、"綺麗な状態"で巳蚓魑ミヅチに入っておるぞ」

「入ってるんですかっ!?」

「我が倒しておいた。お主の思考からして金になりそうじゃったからの、それにはたから見ただけでも良い素材になると思ったしの」

「ど、どうやってっ!?僕が気を失う瞬間には、既に雷蛇が墜ちて来てるんですよ?綺麗な状態なら、その瞬間にもう倒されてないと可笑しいです!」



 ライトの記憶では、気を失う瞬間には確かにヨルを握っており、何か行動をしている気配は無かった。

 仮にただ収納されているだけならば納得できたが、"綺麗な状態"というヨルの言ったことは、ライトに視点で言うと確実に矛盾しているのだ。



「何、難しいことはしておらん。ただ一度蘇生してからもう一度倒しただけじゃ」

「そ、蘇生?」

「我に掛かれば、蘇生でも時間遡行でもお手の物じゃ」

「…………」



 ライト、絶句である。

 利益のためとはいえ、態々わざわざあの怪物を生き返らせて、もう一度殺すという所業を軽々とやってのけたであろうヨルに。



(一生超えれる気がしないのですが?)

「……分かりました。じゃあ、ハジノスへ戻りましょう」



 ライトは自身の弱音を飲み込み、帰還することにした。



「そうじゃっ――のっ!>

「うわっ!……飛び乗るのは言ってからにしてください、倒れちゃいますから」



 跳躍と同時に小さな蛇へと変化したヨルが、綺麗にコートのフードに納まる。

 突然のことで少しバランスを崩したライトは、ヨルへと不満を口にした。



<済まぬ済まぬ、これからは気を付ける>

「ならいいです。じゃ、行きますよ」

<うむっ!>





◆◇◆





「もうそろそろ、ほらあの門の所がハジノスです」

<やっとか、久方ぶりの街、面白いと良いのう>

「辺境の街ですし、特段珍しいものはないと思いますよ?」

<普通に街と呼べるだけ凄いのじゃよ、我の時代は辛うじて数箇所街と呼べそうな処があったくらいじゃ。国なんてもっての他だった>

「へぇ~」

(となると想像以上にヨルの生きていた時代って昔じゃないか?)



 現在、ハジノスへと向かっている。

 既に『迷いの大森林』から完全に離れ、ハジノスへと続く一本の道を歩いているところだ。

 


<現代の食事も楽しみじゃし、少しだけじゃが心躍るのう>

「ヨルが楽しめるように、最善は尽くします」

(といっても、特にすることは多分ないですけどね)



 何故なら、ライトの交友関係は狭いからだ。

 詰まる所、ヨルを楽しませるようなことを自発的に準備することが不可能に近いからである。


 そんな思考をしている内に、迷いの大森林側にのみ存在するハジノスの外壁と門へと着く。

 昼近い現在、人は少ない。

 ライトは、たった一日ぶりの筈なのに、久しく感じる門へと足を進める。



「ん?お~い!!ライトじゃねえかぁ!」

「あ、どうも」



 門へと近づいたライトに一人の兵士が気付き、声を掛けてくる。

 この兵士、いつもライトが依頼で迷いの大森林に行く時にお世話になっている者、所謂いわゆる顔馴染みという奴だ。



「昨日はどうしたんだ?緑円亭の嬢ちゃんが、ライトさん帰って来てませんか?って心配してたぜ?」

「済みません、昨日は野宿をしていたもので」

「慎重なお前さんに限って珍しいな。だが、無事に戻って来たなら問題無しだ。さっさとギルドで報告して顔出してやりな」

「ありがとうございます」



 水晶のような魔道具にギルドカードをかざすという、街へ入る為の手続きを済ませ、ハジノスへと遂に入る。



「では先ず、言われた通りにギルドに報告に行くとしましょう」

<分かったのじゃ>






 歩くこと数分、ギルドに着く。

 ライトは昨日の朝と同じように、扉を開けて中に入る。



「チッ、この時間はやかましいですね。だから嫌なんですよ」

<ふ~む、我は別に雰囲気自体は嫌いではないのう>

「ですけど――おっと」

(昼間から酒を飲むような馬鹿が、戦闘で役に立つ訳がないでしょう?)



 昨日とは打って変わって、ギルド内は喧騒が渦巻いていた、正確にはギルドに併設された酒場でだが。

 零れたライトの愚痴に反応したヨルに言葉を返そうとする途中で、ライトは気付いた。

 ヨルの声はライトにしか聞こえていないので、傍から見たらただ独り言を言っているだけに見えることを。

 だから、直ぐに思考で言葉を返すことにした。



<まあそうじゃな>

(そうでしょう?)

「さて受付に行きますか。すみませ~ん」



 ライトは、報告を済ませる為に受付へと移動する。



「あら、ライトくん!今日はどんな用で?」

「ん~と、昨日受けた依頼の報告に来ました。受付はナイアさんです」

「分かりました。では、ギルドカードを」

「はい」



 ハジノスのギルドの受付嬢というか従業員とほぼほぼ面識のあるライトは、その大体の人に覚えられている。

 その特徴的な依頼の受け方のお蔭で。

 今対応してくれている受付嬢とも知り合いだ。



「討伐依頼……ライトくんにしてはかなり珍しいですね。然もBランクの……おっと逸れました。繋いでおきましたので、解体室の方へどうぞライトくん、ナイアも丁度そちらに居るそうなので」

「ありがとうございます」

「いえいえ」



 受付嬢に挨拶を済ませ、受付の横を進み、ギルドの奥へと続く通路へと進む。

 左右に色々と扉がある長く広い廊下を歩き、解体室と書かれた看板のある扉を開ける。

 中は、



「此処に来るのは久しぶりですね」

<そうなのか?>

しばらく討伐依頼は受けてませんでしたから)



 床は灰色の石材で埋められ、壁は暗めの木材で作られている体育館のような空間。

 窓は無く、天井に着いた照明の魔道具が室内を照らしている。

 そんな空間の中心に二つの影があった。

 片方は紫色の髪の女性、もう片方は紅の髪で小柄な少――女性。

 そう、ナイアとトアである



「ライト君!待ってたよ~!」

「ナイアさん、それに」

「やあライト君、昨日ぶりだね」

「トアさんも、何故?」



 ナイアが先ずライトに声を掛け、それに続くようにナイアと一緒に居たトアが声を掛けてくる。

 ライトは、何故トアも居るのか気になった。

 トアは一応、副ギルドマスター、結構な上役なのだ。

 そんな人物が、一介の冒険者の依頼の報告に来るのは通常可笑しい。



「ただ暇だったからさ、それに私だって君が依頼を受ける時に居たし、問題ない」

「そうですか」

「では、ライト君!依頼のアトラスタイラントを出して頂戴ッ!」

「テンション高いですね、ナイアさん」

「明日久しぶりに休暇取ったからみたいだよ」

「受付嬢は激務なんですよね?」

「そうだね、正直言ってうちは人数少なすぎるから」



 そんな感じで昨日の数倍テンションの高いナイアを見ながら、ライトはトアから受け取った魔法袋を開ける。

 そして中から腕力にも物を言わせて一気に取り出す。

 


「よいしょっと!」

「おわっ!?」

「何か大きくないかい?」



 10mある胴体と、一抱え以上ある切断しておいた頭部を床に置くライト。

 ナイアは取り出した勢いに驚き、トアはその大きさに疑問を抱く。



「コイツ、色違いますけど、多分アトラスタイラントですよね?」

「…………いや、ライト君、これアトラスタイラントじゃないよ」

「え?」

「私も数回見たことがありますけど、多分違います」

「……え?」



 ライトはあまりの驚きに思考が停止した。

 というか、冷静に考えたらそうに決まっているのだ。

 依頼書と一緒に、アトラスタイラントの写真も身体情報も見せて貰った。

 この蛇は確かに似ているが、見た目も大きさも全く違う。

 別の生物と考えるのが普通である。



「じゃ、じゃあっ!い…依頼、失敗……ですか?」



 ライトは喉が震え、上手く喋れない。

 わなわなと震えるライトを脇目にトアは、蛇へと近付きしっかりと観察してから、口を開く。



「これは、アトラスタイラントの上位種、ガイアタイラントだね」

「Oh Jesus!!…やってしまったぁ……」



 完全に倒した蛇が別物だと分かったライトは膝から崩れ落ち、両手で床を叩く。

 そこでナイアが何かに気付いたように、トアの方に近付く。



「副マス、さっき上位種って言いましたよね?」

「ああ、この蛇は間違いなくランクBのアトラスタイラントの上位種、この意味、ナイアなら分かるよね」

「はい……ライト君」

「何ですかぁ、ナイアさん…」



 ナイアは、ライトの手を取って立たせ、ライトを真っすぐと見て、



「ライト君、依頼達成です!」



 と告げる。



「えっ!?でも、アレはアトラスタイラントじゃないんですよね?じゃあ駄目なんじゃ……」

「確かに通常は上位種でも、依頼達成にはならない」

「なら――「けど!」わっ!?」

「倒してきた上位種の魔物がAランクを超える場合のみ、特別な措置があるの!」

「アトラスタイラントはBランクの魔物、その上位種のガイアタイラントは確実にAランクを超える。ギリギリだったね、ライト君」

「…………」



 ライトは、ナイアとトアの言葉を頭の中で整理し、心を落ち着かせる。

 そして、



「いやったぁ―――!!!」



 渾身の喜びの声を上げる。

 依頼を出来る限り完璧にこなすことを目標にしていたライトは、本当はもう泣きそうだった。

 だが流石に人前で泣くのは憚られた為に、我慢していた。

 安堵により今、逆に泣きそうになっている。

 


「ふぅ……良かったです」

「じゃあ、解体に移ろうか。ライト君も手伝ってくれる?」

「いえ、その前にまだ狩って来た奴もあるので、出してもいいですか?」

「良いよ、一緒に査定しようか」



 ライトは魔法袋から狩った魔物を全て取り出した。

 


「最後のは大きいので、避けておいて下さい」

「分かった!」

「分かったよ」



―――取出トリイデ・巳蚓魑



「ふぅ、フォレストドラゴンです。大きいでしょ、頑張ったんですよ?」


「「…………」」


「あれ?」



 古代森竜エンシェントフォレストドラゴンを取り出した反応が薄過ぎて、ライトは首を傾げる。



「副マス、私の目には物凄くデカいフォレストドラゴンが見えます、幻覚でしょうか」

「残念ながら私の目にも映っている、幻覚ではないね」

「…………」

「…………ナイア、ギルマス呼んでくれる?」

「分かりました……」

「さて、ライちゃん」

「な、何ですかっ?」



 ナイアがトアの指示に従い、静かに解体室を出た。

 すると、いつもより威圧感三割増しのトアがライトへと近付いてくる。

 いつもライトと二人の時だけに使う口調の筈なのに、親しみのある口調の筈なのに。



「ちょっと、話聞いても良いかなぁ……」

「あ、あのトアさん?」



 ライトは、何故か恐怖を感じてしまっている。



「そんな震えないでさ……ちょっと話すだけだから」

「は、はいっ」



 その後どんな会話が行われたかは、私の知る所ではない。

 ホントだよ?



□■□■□



蛇王蛇法技録

取出トリイデ巳蚓魑ミヅチ 閲覧エツラン巳蚓魑ミヅチを介さずに収納物を思考で即座に取り出す



語り部「魔物のランクと冒険者のランクってどんな関係になるんだ?」

蛇の王「一応、同ランクの魔物は同ランクの冒険者であれば倒せるという感じじゃ」

語り部「だけど、どっちのランクもピンキリだろ?対策とかしてなきゃ、慢心した馬鹿が死にまくりそうなもんだが?」

蛇の王「ギルド協会も無能ではないからの、当然対策はしておる」

語り部「教えてくれ!」

蛇の王「Bランク以上の魔物には、時期によってのランク再編だったり、パーティー推奨をしたり、特定状況下でのランク上昇・下降だったりをしている」

語り部「つまり、魔物が活発になる時期にランクを上げたり、一人じゃ危ないから複数人で行けと注意し、最近は雨が続いてるから雷系の魔物のランク上げようってなことをしてるって訳だな?」

蛇の王「その通りじゃ!」

語り部「蛇王は因みに何ランクに分類されると思う?」

蛇の王「どんな時でもOランクじゃ!」

語り部「Oランク?」

蛇の王「規格外オーバードのOじゃよ、実際に存在するランクじゃしな。まあ例はほんの僅かじゃが」

語り部「ハァ…………」


この化け物め、という語り部の声が皆様にも聞こえたに違いない。


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