第16話 決めたならば進め……進んだんですけどね





――覚悟を決めろ>



「え?」

<お主は、邪道を進むと決めた。ならば、覚悟を決めろ>



 惨状さんじょうから、自身の過失から目を背けているライトへヨルは告げる。



<お主は、ただ少し前に力を得たちっぽけな小僧にすぎぬ。だから我は、お主が邪道を進むことを否定しながらも許した。正直に言って、お主には我との契約を正道で完遂するなど無理と思うていたからな>

「…………」



 ヨルは告げる、お前が常道で勝ち続けるなど、元から期待していなかったと。

 突然の話をライトは理解できなかった……だが、今のライトには、その言葉は鋭利過ぎた。

 それは恐怖故か、驚愕きょうがく故か、ライトは声を発することすら出来なかった。



<だが、今のお主はどうだ?ただうずくり、自身で決めた道を進もうともしない、半端者の弱者だ。目も当てられん>

<彼奴らが死んだのは、彼奴らが弱かったからだ、彼奴らの責任だ。そして今、あの蜘蛛はそんな彼奴らを喰ろうておる>

<絶好の機会だ、隙以外の何ものでもない。なのに何故、お主は攻撃しない?>

<あの蜘蛛を恐れているからか?違うな。見知った者が死に、自分なら助けられたかもしれないなどと勝手に思い、後悔し足を止めているだけだ>

「でも、僕なら、何とか出来――


――笑わせるでない!力を得ただけのただの小僧が何を言っておる!>



 少しだけ働く思考でライトが反論しようとすると、怒気のはらんだ言葉で一蹴いっしゅうするヨル。



<その後悔が許されるのは、真の強者だけだ。弱者のお主にその後悔は許されぬ>

<そもそも時間は戻らない、過去になど行けはせん。後悔というものは無意味なのだ>

<……して、お主は言うたな、邪道を進むと。邪道とは他者を犠牲にしてでも、卑怯であろうとも、手段を選ばず、振り向かずただ只管ひたすらに勝利をもぎ取る、悪鬼羅刹あっきらせつが進む道だ>

<そんな道をお主は進むと言うたのだ、決めたのだ>

<ならば立ち止まるな、隙を逃すな、割り切れ、勝利だけを見据えろ>

<ライト、今一度、覚悟を決めよ、邪道を進む覚悟を。言葉に出したなら、撤回は許されぬぞ?>



 ヨルは迫る、覚悟を決めよと、もう立ち止まることは許さないと。



「……進みます、覚悟を決めました。勝利を取りに行きます」

<もう後には引き返せぬぞ?>

「既に引き返せなかったですよ。僕が甘かっただけです」


 

 自分は力を得ておごり高ぶっていたと、手の届かなかったことを後悔していたと、ライトは理解した。

 


(後悔するのも迷うのも、もう止めた。僕の手が届くのは本当に小さな範囲だけなんだ。彼らを助けるのは無理だった)



 ライトは、割り切った。

 身の丈に合わないことは求めず、諦めた。

 だが、新たに決めた。



(でも、それを無駄することは許されない。勝利のかてにさせてもらうよ……それが、僕の――"邪道"だ)

<いい顔をしとるぞ>

「ヨル、力を貸して下さい」

<当然じゃ、契約だからの>

「契約じゃなくても、貸してもらいますよ!」

<ふふっ、言うようになったのぉ、良い目をしておる。さあ。あのクソ蜘蛛をるのであろう、急いだ方が良いぞ、そろそろ喰い終わるからの>

「わかってるよ!」



 幻蛇で気配を隠したまま、未だ三人を咀嚼そしゃくしている阿修羅土蜘蛛アシュラツチグモへとライトは駆ける。

 


(先ずは攻撃手段を減らすのと機動力の落とす、狙うは脚だ)



―――わか風蛇ふうだ


―――さまたらう炎蛇えんだ



 杖から放たれた炎を纏い肥大化した唸る風の刃たちが、阿修羅土蜘蛛へと殺到する。

 刃はライトの願った通りに、全ての脚を焼き斬……らなかった。



「結構な速度の筈なのに、反応して弾き落とすか」

<恐らく、三つの頭で通常の魔物より格段に視界が広い、故に察知範囲も広いのじゃろう。先程までのじゃ全て落とされる、威力を上げるか速度を上げるか、どちらにする?>

「両方、プラス手数も増やすというところですかね!」



―――ぜる炎蛇えんだ


―――れる風蛇ふうだ



 一瞬にして増えた炎の蛇が風のうずに巻きとられ、大きな炎の渦と化す。

 ライトは阿修羅土蜘蛛の討伐の為に、周囲の被害を考えるのを止めた。

 


(このコートなきゃ、流石に炎でやられてたかも)

<当然じゃ、我の服じゃから炎程度は余裕ぞ。だが、過信しすぎるな、我の服で覆われていない部分は被害を受ける故な>

(了解です!)



 喉が焼けそうな程を熱気を発生源間近で感じ、コートの機能に感謝する。

 周りの木々は焼け焦げ、荒れてきた、だが阿修羅土蜘蛛は健在、苦悶くもんの叫び声を上げているだけに見える。

 実際は炎の渦の音が大きすぎて、何にも聞こえていない。



(攻めきれてない。けど今はチャンスだ、炎の渦のお蔭で奴は動けないから。喉が逝かれる気もする、だけどやるしかない!!)

<良き覚悟、決めろライト!>

 


―――墜ちはじぇる――う"っ」



 蛇王蛇法の発動の為に口を開き、叫ぼうとしたライト。

 だが、あまりの熱気に、喉をやられ、言葉が詰まってしまった。

 その瞬間、



<あ、マズ――

「なにがっ――



 天から、空を埋め尽くさんばかりの雷が降り注いだ。

 ライトの意識はそこで途切れた。



◆◇◆





「……ん、んぐぅ」

「目が覚めたか、ライトよ」

「んぇ…ヨルですかぁ?」

「そうじゃ」

「……――ヨッ、ヨルッ!?す、すみません」



 ライトは意識を取り戻した。

 そして、倒れていた自身の顔を覗いてきていたヨルを避けるように、飛び起きたあとに周囲を見回した。



「――って、あれ?こんな綺麗でしたっけ?」



 見えた風景に違和感を感じた。

 ライトの記憶では、自身の作り出した炎の嵐で周囲一帯の木々は焼けていた筈だからだ。

 


(あと気絶する前、最後に見たあの雷で、荒れ果てている筈……)



 蛇王蛇方の発動の要である、文をライトが噛んだ後に巻き起こった謎の雷。

 視界を埋め尽くさんばかりの、あの雷で本来なら此処一帯が消し飛んでいても可笑しくない、とライトは考えた。



(いや、ヨルが動かしてくれた?)

「違うぞ、此処はライトが気絶する前と同じ場所じゃ」

「え、でもこんな……」

「我が直しておいただけじゃ」

(簡単に言いますね…本当に、凄いです)



 意図も容易く、荒れ果てた環境を復元したと言うヨルに、ライトは呆れるばかりだ。

 そして、抱いていた疑問を聞く為に口を開く。



「あの雷、何なんですか?僕は蛇王蛇法を言い切っていなかった筈ですけど……」



 蛇王蛇法は発動の要となる、文を発しなければ発動しないとライトはヨルに教わった。

 だが、あの雷は言葉が途中でさえぎられたのに関わらず、想定以上の威力で発動していた。

 ライトには、それが不思議で仕方が無かった。



「あ~のじゃな……実は蛇王蛇法には、その強力さ故に制限があるのじゃ」

「聞いてませんよ」

「いや~そのな……後でもいいかな、と思っての」

「全然良くなかったですよ」



 現にその後回しのせい教えられなかった制限で、恐らく死にかけたのだ。

 元凶ではあるがヨルが居なければ、今此処に焼け焦げたライトだったものがあっても可笑しくなかったのだから。

 その思いを、言葉は短く、目で訴えかけるライト。



「……済まんかった。だからその目を止めてくれ、ライトよ」

「仕方ありませんね」

「……いやまあ、その蔑むような視線は気持ち良かったが、話が進まんからの」

「…………」



 ヨルは、あまり批判的なライトの視線に耐え切れなくなって謝罪をした……訳では無かった。

 ライトは少ない知識の中で、やはりヨルは恐らく変態と呼ばれる部類なのだろうと確信する。



「で、蛇王蛇法の制限とは?」

「それは、発動の要である文を噛んだり、途中で切れてしまったりすると、術が"暴発"するというものじゃ」

「ということは……」



 意識の途切れる前、最後に見たあの雷が何故墜ちて来たか、ライトは瞬時に理解した。

 同時に結構苦しい制限ではないかと思った。



「その判定って、内的要因と外的要因の区別ってあります?」

「いや、ないのう。全部アウトになるのじゃ」

(それ厳しくないですか?正に今回のようなことが多発する気が……)



 文が切れる理由は関係なしに、切れたらアウト。

 それは、余りにも厳しいのではないかとライトは感じた。



「じゃが、ライトのスタイルを考えれば、そう厳しくもないじゃろ。我も忘れていたから今回は制限が発動したが、防御系の結界の術でも使っていれば起こらなかった筈じゃ」

「確かに、そうですね……」

(今回のように正面から攻撃しなければいいだけ、遮りそうな要因を排除してから蛇王蛇法を使えばいいだけですか)



 確かにそうだが、そう簡単ではないともライトは理解している。

 先ず、ヨル相手にそんな暇はないだろうと思った。



(でも、何とかするしかない。僕の最大の攻撃手段になるんですから、頑張りますか)



 けれども頑張ろうとライトは心に決めた。



□■□■□



蛇王蛇法技録

わか風蛇ふうだ 切った瞬間に破裂して完全に分離させる風の刃を放つ

さまたらう炎蛇えんだ 対象に当たると継続して燃え続ける炎を放つ

れる風蛇ふうだ 一定以上の操作が可能な巨大な竜巻を作り出す



語り部「戦闘系の作品を見たりするといつも思うが、そもそも技名って叫ぶ必要ないよね?」

蛇の王「そういうことは、言ってはいかん」

語り部「だって、技として扱えるくらいなんだから、身体に染み付いている筈だから、口に出さなくても技使えるじゃん」

蛇の王「まあ確かにのう」

語り部「それに言ったら、大体どんな攻撃か分かる時あるじゃん。それも結構致命的だよね」

蛇の王「確かに、のう」

語り部「然も、よくあんなつらつらと技名言えるよね。噛んで可笑しくない文量の時あるのにさ」

蛇の王「……まあ」

語り部「というような、ありがちだけど可笑しくない?って奴を基に蛇王蛇法の設定は作られているんだぜ」

蛇の王「話の曲がり方が直角じゃなぁ」

語り部「これからも、そういう可笑しさを正当化するような設定を作っていきたいって訳よ!」

蛇の王「うむ、そうじゃなぁ……」


長々と作品への志を語る語り部を優し気に見守る蛇の王の姿が、多分あった。


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