第9話 白壁の蛇城、生活感のある部屋



 蛇王とライトの間に複数の魔法陣が重なり合って輝きを放つと、その全てが霧散むさんする。



「これで、契約出来たんですか?蛇王様?」

[うむ、右手の甲を見てみよ]



 蛇王に言われた通り、右手の甲を見るライト。

 そこには真っ黒な、王冠状の刻印があった。



「これが、契約の証ですか?では蛇王様の力も?」



 驚いたが、刻印が中々にライト好みのデザインだったのでライトは気にしないことにした。

 そして、気になることを蛇王に問う。



[いや、蛇王蛇法はまだだ、アレは少し特殊な儀式を行わなければならぬからな]

「なるほど……」

(あれほどの力なら当然かな)



 ライトは蛇王蛇法が契約一つで、手に入って良い力ではないことを理解して、流した。

 のだが、ライトは儀式という言葉にそこはかとなく、嫌な予感を感じた。



[ふぅ~契約も終わったし、もういいかの]

「――うっ」



 先程の威厳を感じない、少し緩い口調で蛇王がそう言うと、蛇王の全身が光り輝く、その光量に目をつむるライト。

 


「はぁ~全くあの形態は、疲れるのぉ」



 光が収まった後に蛇王が居たのは、見目麗みめうるしい少女、尚見た目にそぐわぬ威圧感がある模様。



「……え……いや、え?……ん?」



 ライトは、混乱している。

 凄まじい存在感、曇り一つない宝石かのような、つい先程まで見ていた金剛の瞳。

 この世界では珍しいライトと同じ、膝上まである癖一つないストレートの漆黒の髪とそれに映える白磁の肌。

 そしてその身を包む、深海を思わせる濃紺色の足先まで覆う丈のビスチェドレス。

 深窓しんそうの令嬢という言葉は、彼女の為にあると感じる程の無垢な笑みを浮かべる、現実離れした美しさの少女。

 ライトは認めたくない現実を認め、遂には少女に声を掛ける。



「あ、あの……蛇王様……ですよね?」

「うむ、そうじゃぞライト」

「そう…ですか…」

(やっぱりですかぁ!)



 やはり少女は蛇王であった。

 だが、別にライトは蛇王が少女になったから混乱しているのではない。

 蛇王の雰囲気が原因だ。

 確かに威圧感も存在感もあるが、如何にも先程より緩い。

 先程までの威厳ある姿と全くマッチしていないのだ。



「では、付いて来るのじゃ」

「え…あ、はい」



 ライトに声を掛け、蛇王は何もないように見える方向へと歩き出す。



(何処に向ってるんだろう?)



 疑問に思っても口に出すことはしない。

 ライトと蛇王は確かに契約を結んだ、だがそれによって今の力関係が変わる訳じゃない。

 蛇王が上でライトが下、これは今覆ることのない、隔絶された差だ。

 だから、蛇王の雰囲気が緩くなろうと、軽率な言動は絶対しない。



「蛇王様、何処に向ってるんですか?」



 訂正しよう、全然しました。

 予想に反して行く、そのスタイル私は嫌いではない。



「我が居城きょじょうじゃ、してライトよ」

「何ですか?蛇王様」

「その蛇王様呼びを止めよ。我は堅苦しいのは嫌いじゃ」

(いや、さっきまで堅苦しさの塊みたいな喋り方してませんでした?)



 戸惑いながらも今度は口に出さないライト。

 考えを纏め、言葉を慎重に選びながら話し出す。



「でも僕と蛇王様は契約を結んだ側と結ばせた側、明確な立場の違いがあります。それは認めかねます」

「一理はある、が面倒じゃ。我のことはヨルと呼べ、そしてもっと砕けた感じで話せ」

「わ、分かりました」



 明言こそしていないが、実質的な命令にライトは少し怯えながらも、その言葉を意識して口を開く。



「ではヨル、これからよろしくお願いします」

「うむ、それで良い、我からもよろしく頼むぞ、ライト」



 中々に順応が早いライトである。

 ヨルが楽しそうに微笑むのを見て、こっそりと安堵の溜息を吐く。

 上位者との会話は精神が磨り減る、これからはずっとこれだと思うと、ライトは先行きが不安になった。



◆◇◆



 歩くこと数十分、ライトはふと違和感を抱いた。

 目の前の空間全てが歪んでいるように見えるのだ。

 すると、ヨルが足を止め、



―――つつまどわす幻蛇げんだ・解除



 と、呟く。

 その言葉をヨルが紡ぎ終えた瞬間、



「ん?……オオッ!!凄い!」

「ふふ、凄いだろう」


 

 歪んでいた空間に亀裂が入り始め、遂には砕け散る。

 そこには、



「これが、我が居城じゃ」



 真っ白な外壁の巨大な城、この草原と空にとてもよく合っている。

 絵本に出て来そうな光景だ。



「ヨル、此処にはヨル以外の者は居るのですか?」

「いや、居らんぞ?」

「あっ、そうですか……」



 この城にただ一人、勿体無いと思うと同時に、それは孤独なのではないかと思う。

 ヨルに聞いたところ、此処に人、というか生物が訪れない訳では無いのだろう。

 しかし、毎日のように来るわけでもないだろう。

 推測だが、月に一度というところではないかと思う。

 ライトは少しだけ、ヨルを見る目を変えた。

 上位者であろうとも、今はただの少女なのだから(見た目は)。



「開け、では入るぞ」

「ん、分かりました」



 ヨルの言葉に呼応して、ゆっくり開く城門を潜り、城へと入る。


 内部は、外壁同様に白をベースに煌びやかな装飾が施されていた。

 思わず立ち止まって見てしまいそうな、芸術品の数々、それらに後ろ髪を引かれながらも、意思でそれを抑え付け、スタスタと歩いて行くヨルに付いて行く


 それから長い長い廊下と幾つもある階段を進み、城の最上部の部屋へと着いた。

 ヨルはその部屋のドアノブに手を掛け、扉を開ける。

 


「此処が我が部屋じゃぞ!」

「いやこの城、ヨルの物なんだから、この城の部屋は全部ヨルの部屋では?」



 多分そういう意味ではないと思うぞ、ライト。

 確かにそうで、間違って無いんだけどさ。



「そういうことじゃないんじゃよ、ライト」

「そうなんですか?」

「まあよい、入れ」

「失礼します」



 何となく微妙な目でライトを見たヨルに促されるままに、その部屋に入る。

 散乱する大量の紙束が上にある水色の絨毯じゅうたん、本がギチギチに詰まった壁一面を埋める本棚、窓際に並ぶ大量の蛇のぬいぐるみ。

 使用された食器がそのまま置いてあるキッチン、しわしわぐちゃぐちゃの白いベット、総じて妙に生活感のある部屋が広がっていた。

 


「ん~、先ず片付けから始めましょうか」



 これが、部屋に入って室内をを一通り見回して、ライトが言い放った言葉がこれである。



「う、うむ」



 密かにライトの中で、ヨルの評価が下がった。

 何故なら、ライトは綺麗好きであるからだ。

 長い間借りている宿の一室にも、最低限の物だけで、毎日少しは掃除し、週一でしっかりした掃除をする、掃除は絶対におこたらない。

 この部屋は正直、ライトには少々堪らなかった。



「ヨルは、そこに散らばっている紙束を片付けておいて下さい。僕は先に食器洗いからしていきますので」

「分かったのじゃ」



 床に散らばる髪を踏まないようにキッチンへと移動し、道具を確認する。

 水周りは、洗剤、スポンジらしき物、蛇口もあるし水も出る。

 後ろ棚には、パスタ等の麺類、缶詰類、小麦粉等の粉類。

 冷蔵庫らしき箱の中には、野菜類、肉類、そして大量の酒が入っていた。

 他にもコンロやレンジなど、ライトには用途の分からない近代感溢れる道具があったり、複数人分の食器があった。



「これは多分、本当に生活している場所」



 いそいそと何かの書かれた紙を集めているヨルを見ながら呟く。



「それにこの皿汚れ、そう時間が経ってない、僕とヨルが出会った時間から丁度今くらいまでの時間が経ってるかな」

 

 

 シンクに置かれている食器たちの汚れから、使用された時間を逆算する。

 時間的に恐らく昼食だと推測できる。

 そこからライトは確かにヨルが此処で生活していると判断した。

 まあ、だから何だという話なのだが、



「言葉に偽りは無い。信用しても……いいんだと思う」



 その事実は、ライトにとって大きな意味を持つ。

 ライトは他人を信用・信頼が出来ない、簡単には。

 過去が、刻み込まれた裏切りと失望が、他人を信じることを拒否させる。

 言われたことを真実であることを確かめなければ、近付くことすら本来はしたくない程だ。

 ヨルは自身より強いから、上位者であるから、拒否するリスクが高過ぎるからこそ、本能の恐怖とは別の心底の恐怖を抑え付け、会話し、行動を共にしている。

 だが、ライトは気付いていた、今までの行動にはそれ以外にも、理由があることに。



「何か、通ずるもの…がある気がする。のと何故か、恐い筈なのに安心するというか、気を許してしまう…何でなんだろう……」



 自身の矛盾する内情と行動に、疑問を感じるが、答えが出ることは無い。

 


「分からないなら、仕方ない。今は掃除に集中しよう」



 意識を集中させる為に、冷たい水で食器洗いを始めるライトであった。



□■□■□



蛇王蛇法技録

つつまどわす幻蛇げんだ 使用した対象を使用者以外に五感での知覚を不可能にする



語り部「ん、あったわ、これをあげよう!」

蛇の王「何じゃ?コレ」

語り部「対象のサイズにピッタリな紙袋を作る魔道具、サイズには限度ありで即時に製作されるが紙袋以外作れない」

蛇の王「何じゃその使い処が限定的過ぎるけど、地味に使えそうな魔道具は。何を考えて作ったんじゃ?」

語り部「いやそれシリーズなのよ、偶に且つ暇な時に作ってる魔道具の一個でさ」

蛇の王「シリーズッ!?この感じの物が、まだあるのか?」

語り部「地味に限定的に使える魔道具、略して"地限具じげんぐ"シリーズは現在全部で10個ある、それNo.4ね」

蛇の王「お主、相当暇じゃろ」

語り部「まあ、否定はしない。最近、皆忙しそうで相手がいなくてね」

蛇の王「……分かった、我が相手をしてやろう」

語り部「やった!で、ヒントをくれ!」

蛇の王(現金じゃのう)

語り部「ブーメランって知ってる?」

蛇の王「知っとるがそれがどうした?」

語り部「あ、いや、いいよ……」

蛇の王「?……まあよいか、ヒントはライトの種族『黒魔』じゃ!これの詳細が、物語の根幹に関わるぞ!」

語り部「一体どんな存在なのか、皆様も考えよう!」


だが、この詳細が明かされるのは、かなり後なのである。


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