第4話 『迷いの大森林』って言うらしい



 周りには緑と茶色のみ、すなわち、



「いつもと変わらない」



 森である。


 今、居るのはアウトライル王国の南部一帯に広がる広大な森『迷いの大森林』である。

 辺境であるハジノスからは徒歩一時間で着くほど近い。

 そしてライトがいつも採集依頼で来る場所だ。

 『迷いの大森林』の特徴はその名前にもなっているが、迷うことである。

 伝承によれば神々に抗いし太古の怪物『蛇の王』が封印されているほこらが存在し、その祠に到達できないようにする為、神々が迷いの結界を張ったとされている。

 まあ、多少の違いはあるがこれは真実だ。

 神が施しただけあって、性能は折り紙付き、普通の生物、常人凡人には抗うことすら出来ず、そして認識、知覚もさせずに迷わす。

 実力者でやっと違和感を感じれるがそれでも迷う。

 この世界の最上位者でほんの少しだけ抵抗し、進むことが出来る。

 それでも今現在、最深部への到達は出来ていない、凄い場所だよ!

 まあ、ライトはそんなこと、これっぽっちも全く知らないのだが。



「狙いはアトラスタイラント。だけどトアさんから魔法袋貸してもらったし、採集も他の奴も狙おう」



 魔法袋とは、内部が施された魔術式により見た目よりも格段に広くなっている魔道具の袋だ。

 製作者によっては、内部の時間が自由に操作できたりと色々な効果があったりする、この世界でかなり普及している魔道具、まあ値段は結構するが。

 厳密に言うと魔法袋という呼称は間違っている。

 施されているのは魔術式、つまりは『魔術』で『魔法』ではないからだ。

 

 話を戻し、この森は世界ミルフィリア全体でも数少ない特級危険地帯と呼ばれる場所だ。

 特級危険地帯とは、Sランク以上の魔物が常駐し、未解明または克服こくふく不可能な特性のある地帯のことである。

 普通は入るのに許可証などが必要なのだが、この『迷いの大森林』は特例でそういうものが必要ない。

 その理由は、強さの振れ幅がかなり大きく、その特性で常人程度が迷うまで行動できる範囲内ならそこまで強い魔物が居ないからだ。

 だが、最深部は特級危険地帯の名に相応しい人外魔境である。



《気配遮断-気配察知-聡明》


「何かが来てる。此処は隠れて一撃と行こう」



 スキルが発動し、ライトは自身に向かって来る存在に気づく。

 気配察知は、読んで字のごとく、気配を察知するスキルだ。

 効果は自動で自身を中心に半径8m圏内に入った敵性生物を感知するというもの。

 感知するだけで敵の種類・強さや大きさなどは分からない。

 気配遮断もそのまま、自身の気配を消すスキル。

 探知に長けた相手には気付かれるが基本的には気付かれないくらいに気配を消せる。


 木の背にして立ち、獲物を待つ。

 ガサガサ、という音と共に何かが近づいて来るのが分かる。

 数分の後、獲物は射程範囲内に入った。

 音を立てずに背のイグニティを引き抜き、自然に降ろして構え、一気に跳躍する。



《回避術-怪力》



 背の木を蹴って別の木へと跳び移り、それを高速で繰り返して獲物へと近付く。

 獲物を視界にとらえる、大きないのししのような見た目の魔物だ。

 ライトは見慣れた魔物で良かったと安堵し、そのまま木々を跳び移りながら、魔物の真上へと移動し、



《剣術:初級-怪力-会心》


「――ッ!!……よしっ!」



 イグニティを魔物の首へと全力で振り下ろす。

 首は一切の抵抗なく刃を通し、地面へと落ちた。

 刃に付いた血を振り払いながら、声を出して歓喜を表す。

 この猪のような魔物はフォレストボアという名で、ランクはD、この森では弱めな魔物である。

 肉も食べれられ、毛皮もそこそこの値で売れる為、人気だ。

 


「血抜きしよ~」


《魔法:初級-聡明》



―――初級水魔法:クリエイトウォーター



 しゃがみ、首の断面へと触れて水が溢れるイメージをすると、手の平の少し上に魔法陣が浮かびそこから水が溢れ、首を洗い流す。

 そこからは水を意識する。



《魔法:初級-聡明》



―――初級水魔法:フロウウォーター



 すると、先に在った魔法陣に重なるように別の魔法陣が現れ、水がただ溢れ出るのではなく、生き物のように動き、猪の首の断面から血管へと侵入していき、水の入らなかった血管から血液と共に流れ出て来た。

 これは、魔法である!


 魔法とは、この世界の至る所に存在する不思議な力『魔力マナ』を使い、超常の現象神々の奇跡模倣もほうし起こす技である。

 詠唱えいしょうは必要無いが、上限が才能・スキルに大きく左右され、また明確なイメージが出来ないと暴発する。

 イメージが完了すると魔法陣が魔法の起点に出来上がり、そこから魔法が発動する。

 因みに、魔力は生物に必要不可欠であり、どんな生物の体内にも魔力が存在しそれが体の修復や成長に作用しているとか。

 生物の魔力は基本的に心臓部に集まっており、それが血管に似たような目に見えないものを通って少しずつ全身を循環じゅんかんしている。

 体内の魔力が減ると、頭痛や吐き気等の普通の症状から、減り過ぎると最悪死ぬらしい。

 逆に体内の魔力がいつもより増えたりすると、身体の一時的な強化も出来る。

 意識的に心臓部に集まっている魔力を全身に流れるようにするだけでも強化できる、これは冒険者然りこの世界の戦闘をする者の基本技能だ。


 猪の体内に水を流し続けていると、流れてくるのが水だけになった。

 如何どうやら血抜きが完了したようだ。



「解体はギルドに戻ってから、魔法袋に入れておこう」



 猪の首と体を腰に付けていた魔法袋を開いて中に入れる。

 それなのに袋の大きさは変わらず、また重くもならない、流石魔道具である。



「さて、この調子で行こう」



 イグニティを鞘へと納め、再び森の中へと歩き出す。

 今までの剣ならば先程の一撃をひびが入ったり、刃毀はこぼれしてしまっていただろうが、イグニティにはそれが欠片も見られなかった。

 密かにそれに驚きながらも非常に嬉しく思い、全く良い物を作って貰ったと心の中で感謝する。

 ライトは作業の為に上げていたマントのフードを深く被り、気配を消す。



◆◇◆



 猪討伐から2時間程、昼前くらいになった。

 あれからも黙々と、そして丁寧に魔物を殺――討伐し続け、先程26匹目を処理し終えた。

 今日はかなり調子がいい!

 ライトのいつも4倍以上の稼ぎが期待できそうだ。

 若干、光の日なのに魔物が多い気もしなくも無いが、調子がいいだけだろう。

 


「そろそろ休憩を取ろう、流石に調子に乗り過ぎた」



 実はこの2時間の間ライトは殆ど休憩を取っていなかった。

 綺麗つ一撃で首を切断出来るイグニティの切れ味に色々とハイになってしまったせいだ。

 それで少し疲労が溜まっているのである。

 フードを被ったまま気配を殺し、木陰へと移動して座る。



―――初級水魔法:クリエイトウォーター



 魔法陣から出した水を飲んで、喉をうるおす。

 内から体が冷やされ、心と体の両方が同時に落ち着いて行くのを感じる。

 まあ、感じるだけだが。

 ゆっくりしながらも警戒は怠らない、この森で警戒を忘れることは自殺行為に等しい。

 今のところそんな感じはしないが、腐っても特級危険地帯なのだ。




 30分ほど休憩をした。

 本来の討伐対象である、アトラスタイラントを探す為行動を再開する。



《回避術-気配察知-怪力-聡明》



 気配察知をフル稼働させて、音を立てないようにしながら森を駆けていく。

 

 回避術は、回避の技が上手くなるスキル、ではなく。

 高速移動が関係する行動全てに補正が掛かるスキルだ、ややこしい名前。

 高速移動中ならば、大抵のことでは転ばなくなり、移動速度も更に上がる。



「ッ!……これは、当たりかもな」



 少し前に気配察知では強さや大きさは分からないとは言ったが、それは正確に言うと少し違う。

 察知できる気配は魔物によってほんの少しずつ違い、使い続けていれば、違いが分かる人間も稀にいる。

 因みにライトは、その違いが分かる人間である。

 まあまだ難しく、大まかな種類と大きさが分かる程度だが。

 それを基に、少し離れた場所に中々大きい蛇系の魔物が居るのを察知した。



「確認しよう」



 全力で気配を殺しながら、木々の間から魔物をのぞいた。



□■□■□



魔法技録

初級水魔法:クリエイトウォーター 水を生成する

初級水魔法:フロウウォーター 周囲にある水を操作する



語り部「魔法と魔術の違いって何だ?」

蛇の王「我が教えてやろう!」

語り部「やったー!まあ、そういうコーナーなんですけど」

蛇の王「余計なことを……では、行こうか。魔法とは、お主が本編で言っていた通り『魔力マナ』を使い、イメージを具現化する技じゃ。だが、才能スキルに上限や出力が大きく左右されるのう」

語り部「ふむふむ、じゃあ魔術は?」

蛇の王「魔術は、魔法がイメージで魔法陣を作る過程を詠唱によって行う技術じゃ。才能が無くとも出来るが、その分消費する魔力が多いという欠点だったり詠唱の省略も出来なくもないが無発声は不可能という欠点がある」

語り部「ライトにはこっちの方が合ってる感じ?」

蛇の王「うむ、そうじゃな。他にも魔導というのもあり、これは予め本などに魔法陣を描き、そこに魔力を流すだけで魔法と同じことを起こせるというものじゃな」

語り部「何それ?一番便利じゃん」

蛇の王「だが、魔導は今の三つの中で最も使用者が少ない。理由は単純に魔法陣を描くという技術の難易度が高すぎるじゃな」

語り部「どんな風に高いんだ?」

蛇の王「魔導は言わばプログラミングのようなものじゃ、皆様はスマートフォンでアプリを使うじゃろう?だが、それがどういうプログラムによって動いているかは分からぬじゃろ?」

語り部「ま、そうだよな。使う分には知る必要ないしね」

蛇の王「魔導がするのはそのプログラムの解析、魔法を使用する時に浮かぶ魔法陣を解析し理解して描くのじゃ。言葉にするだけでも難しいと思わぬか?」

語り部「確かにね、ま僕は出来るんですけどね」

蛇の王「まあ我も出来るがな」


此処に居るのは、やはり通常出来ぬことを平然とやってのける怪物ばかりである。


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