『樹界公園』
『樹界公園』とは、魔豊植物の管理区間である。魔豊学校の課外授業で訪れるこの場所は、普段なら生徒の立ち入りを禁じられている。
単独で『樹界公園』に向かった初名の後ろ姿を見つけて、香輔は大声を上げた。
「梅咲さん! 待って下さい!」
立ち止まり振り返った初名は、何やら不服そうな顔をしている。
「何してるんですか。みんなはもう集まっていますから早く戻り–––」
「敬語」
「……は?」
「わえはコウちゃんともっと仲良くなりたい。だから敬語はいらない」
「いや……、今はそう言う問題じゃなくて」
困惑しているところをお構いなしに、初名は腕を組み、聞く耳持たない状態になってしまった。本当に敬語が抜けるまで話さないでいるつもりだ。
「じゃあ、この際だから。俺にもタメ口で」
「姫神君は黙って下さい」
余計にややこしくなるというのに、正誓が割り込んできた。ワチャワチャとしている間に初名は三人を置いて歩き去って行こうとしている。
香輔は観念したのか、
「分かった! もう分かったよ! 梅咲さん! これでいい?」
「さん付け」
「いくらなんでも横暴すぎやしないか⁉︎」
「何だか今の梅咲さんたくましいですわ」
「杏ちゃんのことは『アンちゃん』って呼んでええ?」
「え? ええ。承知しましたわ。なんだかイントネーションが『
ああもうっ! と初名のマイペースに取り乱す香輔は本題に入る。
「違うよ、話が脱線している。僕たちは梅咲さんを連れ戻しに来たんだ」
ことの目的を話し出す。
「『ラタトスク』が待機命令を出されたんだ。でも梅咲さんが居かったから、だからこうやって探しに来て……」
だが、ここまでの経緯を説明しようと、やめた。
何故ここにいるのか、どうして一人なのか、それら全てを省いて、今言うべきことがある。
「帰ろう」
一言。
その一言で彼女の心が揺らぐ。
彼だからこそ、その言葉だけで十分だからだと思ったからだ。
香輔は手を差し伸べる。
「……や」
しかし、手を取ることはなかった。拒絶したのだ。まるで怯える子供のように。
想いが届かない。
「わえ、戻れやん。みんなが大事だから……」
「梅咲さん。
「……」
それでも初名は頷かない。彼女は黙ってしまった。
時折見せる初名の表情に、香輔はチクチクと胸に刺さる不快感を襲う。
沈黙を破ったのは香輔だった。
「とりあえず戻ろう。みんなも心配している頃だよ」
と、ここで正誓はあるものに気が付いた。
「ねぇ、星雪君」
「何ですか? タメ口の話なら後にして下さい」
姫神は香輔の肩に指をさして、
「何か肩に乗ってるよ」
え? と指をさした方向に首を傾ける。
「うおぁ‼︎」
なんか白い生物がいた。
よく見ると人型の形をしている。全身真っ白なのに目はまん丸お目々の真っ黒。背中に薄い膜の翅ようなものがある。ちょこん、と香輔の肩に乗るその姿はまるで。
「うわ。妖精さんだ」
架空に登場する妖精そのものであった。
「あら、シロカブリですわ」
「し、知っているのか杏?」
「知りませんの? ゴキブリをモチーフにした魔豊植物。『妖精花』と言うのですわよ」
花卉は自然エネルギーを多く取り込む性質があり、自我を持つ『妖精化』がいるという。
「まぁ、見た目からして本物の妖精っぽいよね。星雪君の気持ちも分かる」
白いゴキブリ妖精は香輔の周りを飛ぶ。
「そのシロカブリ、汚れを好む植物なんよ」
そもそもゴキブリ自体は綺麗好きであり、森の掃除屋とも呼ばれている。このシロカブリは農作物に付着した病害をも取り除いてくれるのだ。
「でも珍しいね。人には滅多に姿を現さないのに」
「わたくしも初めて見ましたわ」
正誓と杏の言う通り、家屋のような人の気配がある場所にはいない。こうやって森の中にひっそりと住む植物だ。
「……
初名はボソリとつぶやく。
「『穢れ』? 瘴気のことをいっているの?」
聞き慣れない単語に問いただす正誓。
「……うん。『穢れ』っていうのは、自然エネルギーの対なるエネルギー。わえの村ではそう呼ばれてる」
普段は目に見えない自然エネルギーだが、
シロカブリは香輔の頭の上に乗る。
だが、何かに察知したのかまたどこかへと飛んで行った。
「どうしたんだろ?」
「次のエサを探しに行ったのかな。……いや、あそこは」
突然、初名が走り出した。
「ちょ、ちょっと!待って!」
そもそも、初名を連れ戻しに来たのだ。このまま放って置く訳にはいかない。
三人も追いかける。
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