シロカブリの残骸

「梅咲さん! ちょ……、ちょっと、ま……待ってください」

 香輔たちは、前を疾走する初名を見失わないよう、追いかけるのにやっとだった。

 彼女は何かを感じ取ったのか、シロカブリが向かった方角に一直線だ。

「ねぇ? このまま奥へ入って行ってるけど、急いで梅咲さんを連れ戻さないと蟲魔コクーンが発生した場所に鉢合わせになるんじゃない?」

 正誓は危機感を覚えた。

 蟲魔コクーンの瘴気は、濃度が高すぎると目眩や吐気を起こす。普段では防護服を着用して駆除する必要がある。今の彼らにはその装備がない。

「香輔……、このままですと」

 杏が囁やける。

「ああ、分かっている」

 今は一刻も早く、この場所から離れることだ。

 走行している間に、薄暗い木漏れ日から開けた場所にたどり着いた。

「な……」

 その風景には、

「なんだ……これ……」

 シロカブリの残骸で真っ白に染まっていた。

「そんな…シロカブリが」

 初名が追いかけたシロカブリは、絶滅している一匹のゴキブリに止まる。

 そして、大きな口を開けてバクンッ、と食べた。

 ボリボリと咀嚼音をたてながら、それは、好物を貪るように。

「お、おい。何して……」

「待って」

 引き止めたのは初名だ。

「シロカブリはただ、『穢れ』を処理しているだけ。こうでもしないと溢れてしまうんよ」

「『穢れ』? もしかして、これ全部『穢れ』っていうのか?」

 シロカブリは排泄物はない。蓄えた汚れは百パーセント養分として蓄える。ただし、絶命した場合、瘴気――『穢れ』が溢れてしまうのだ。少数だと微々たるものだが、これだけのシロカブリが絶滅していれば、『穢れ』の濃度は高い。蟲魔コクーンの発生率が急速に上昇するだろう。

「この子だけでも連れて帰る。はようせんと……」

「ちょっと待って梅咲さん。そのシロカブリは置いて今すぐここから離れるべきだ」

 姫神はあくまでも冷静に、

「瘴気がこれだけ溢れていると結界樹の効力が弱まってしまう。そうなると農作物が枯れて、さらに被害が出る。蟲魔コクーンの対策は『ラタトスク』任せるべきだ」

「でも‼」

「落ち着いて。今、俺たちの出来ることをしよう」

 香輔と杏が呆然としている中、正誓の迅速な行動はさすがというものだ。

 ここで、香輔は何か悪寒を感じた。圧迫されるこの息苦しさ。広々としたシロカブリの残骸に嫌な何かを感じた。

 「……僕も賛成だ。今すぐここから離れたほうがいい」

 と、言い終えた香輔は奥に目をやった。

 真っ白な草原の中で、不可思議に目立つソレは植物性のものであった。

 シロカブリの残骸の中でソレを見つけた瞬間、心臓を冷たい手で触れられたような悪寒を襲う。

 そして、

 ゴウッ! と高速でこちらに迫ってきた。

 香輔はすぐさま自然能力セレスを発動させるが、

「っ」

 一瞬の躊躇。

 自分の恐怖が心の奥底から。能力をとどめてしまう。

 その一瞬の空白と次の行動をとるのに、ほとんど無意識であった。

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