デジャヴ

 魔豊学校の学食の料理は割と凝っている。

 芸術のような見栄えが眼を楽しませ、それぞれの献立に食のバランスが備わっているのだ。この学校で採れた新鮮な食材を持ち入り、色鮮やかな料理を提供する。

「……うーん」

 そして、星雪香輔は唸る。

 少し朝食の早い時間帯だが、アルゲティの世話の後、食堂にやってきた香輔はある献立を凝視していた。

 メニューを注文する際にソレだけが目立っていたのだ。

 ソレにはこううたい文句で書かれていた。

『朝の一発目覚め料理! これで居眠りも改善! 眠気スッキリパープルフード!』

「うーん」

 デジャヴである。

(いやいや。何でも口にしたい好奇心旺盛の子供じゃあるまいし、流石に二の舞いは……)

 彼が見ていたのは、見事までの紫一色だった。

 ここの学食では、個人的にリクエストが可能。一人に合わせた栄養素を摂ることができる。おそらく、これは誰かのリクエストなのだろう。不思議と好奇心をそそる何とも言えない感情が香輔に襲う。

 だが、今の香輔は恐ろしいほど食欲がないのだ。

 なのでここは軽食サンドイッチセットを頼むことにする。

 トレイを持って適当に空いているところに座ろうとしたが、こちらを呼ぶ声がした。

「コウちゃん! こっち!」

 手を大きく振る梅咲初名であった。

 確かに今は三人しか居ないし、ガラ空きだから断る理由も無いが、なにも大声で呼ぶことは無いのに……。と香輔はよく分からない羞恥心を覚えた。

 正誓も相席のようで、隣に座り真正面に初名という構図。

「……梅咲さん。その量、多すぎません?」

 一際目立つのが初名の前に並べられた献立の数々。全ての料理にてんこ盛りであった。

「そやろか? むしろ、コウちゃんの方が心配なんやけど」

「ははっ。僕はもう精神的にお腹一杯なので……」

「?」

 どちらも両極端で似たもの同士だが、彼は彼で少食らしい。

 チラリと横目で正誓を見ると黙々と食べている。雑穀米に焼き魚、味噌汁と卵焼きという、これこそがスタンダードな感じ。

「やっぱり普通が一番だな」

 ボソリと漏らした謎の安心感の後、コーヒーを口に含む。そして盛大に吹いた。

「ヴェ! オェ! 納豆の味がする!」

 あまりに思っていた味とは違い、不意をつかれた香輔は咳き込む。

 それを見た正誓は冷静にしっかり飲み込んでから口を開いた。

「たぶん星雪君はフィーリネの豊穣術に掛かったままなのかな? あれって、自分に合った味覚を都合よく精神に書き換えるから。要するに一種の自己催眠かな」

「な、なるほど」

 とはいえ、目隠した状態で何を食べたかを当てるゲームでは絶対無理ゲーみたいな香輔は、いつ正常に戻るかは分からない。

 試しにサンドイッチをかじる。

「……たくあんだ」

 なんかもう味覚がバカになった。

「星雪。お前どんだけピュアなんだ」

 別口からの声は、香輔を罠にはめた張本人である鳴滝義機だった。いつのまにかトレイを持って彼らの隣にいたのだ。

「鳴滝先生! 誰のせいだとっ!」

「普通ならもう治ってる状態だろ。お前の体質の問題じゃないのか?」

 抗議しようと思ったが、鳴滝の言うことにうぐっ、とたじろぐ。

「で、でも! 事前に知っていたらこんなことにはならなかったですよ!」

「最初から分かってたら面白味が無くなるじゃねぇか」

「……あなたって人は」

 悪魔の笑みのような顔をする鳴滝に心底呆れてしまった。

「……ていうか、なんですかその献立?」

 よく見てみると鳴滝の持つトレイが、真っ紫に染まっていた。

 あの「パープルフード』である。

「ふっふ、よくぞ聞いてくれた。これは俺がリクエストした特別献立だ。今メニューにあるからお前らも頼めるぞ。どうだ?」

「いえ、遠慮します」

 ただでさえ食欲がないのに、そんなものを口にすると見境い無く一生ゲテモノを中心に食生活を過ごす羽目になる気がした。

「じゃあ、わえが食べるー」

 大食い少女、梅咲初名はものとしないようだ。

「おお。いっぱい食べる奴は好きだぞ」

 まるで久しぶりに会った孫に手料理を振る舞うかのようなセリフに、鳴滝は自分のレイにある一品を渡す。

 幸せそうに頬張る彼女を眺めつつ、彼は星雪のトレイにある品を見て言った。

「星雪は少食だな。それじゃ体力がもたないぞ?」

「今日は食欲がないだけです。誰かさんのせいで」

 ジト目で反論するが本人は動じないご様子。

「真面目な話、朝食ってのは大事な習慣だぞ? 一日の身体の始まりが食事と言っていい」

 鳴滝にしては珍しく真剣な顔をしていた。

「ましてや、体力がいるとしっかり食べなきゃいけない。お前の場合、痩せ型なんだからもうちょっと栄養のあるもん食べとけ」

 そう真面目に論破されるとぐうの音も出ない。香輔はちょっとだけ大人しくなった。

「じゃあ鳴滝先生。栄養価だけ摂取出来る手っ取り早い食事方法てありますか? 昔は昆虫食って聞いたことありましたけど、今の時代だと何でもあるじゃあないですか」

 いつのまにか完食していた正誓が問いかける。

 『今の時代』といえばやはり魔豊植物の豊穣術が大きいだろう。豊穣を司る農作物は生活に欠かせないものとなったからだ。

「それこそ魔豊植物だったらなんでもいい。まぁ、虫を食べる風習が流行りつつあった昔に比べたらだいぶマシだな」

「確かに昆虫食が手っ取り早い栄養分だなんて、最近のように思えてきますよ」

 正誓は同意見のように言った。

 昆虫は大量生産できるうえに栄養価が高い。そうしたものを食べやすいように粉末状にし、料理に混ぜたり、スナック感覚で楽しめる食文化のブームが一時期起きていたのだ。

「俺の場合、眼の保養を定期的にしなきゃいけねぇからこうやって紫を摂取してんだよ」

 鳴滝は視覚過敏症と告白していたが、それはアントシアニンが豊富なパープルフードだからだろう。

「まぁとはいえ、星雪はしっかり食うことだ。梅咲を見習え。今死んでもいいって思うほど幸せそうじゃねぇか」

 なんでも栄養があればいいとはいかない。誰かと分かち合うのも大事だ。

『……、』

 ほおばりリスのような初名を、香輔と鳴滝はほんわかな目で見守っていた。

 あながち、他人の幸せを見ると心が和むのは間違っていないかもしれない。

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