梅咲初名
声のトーンが低い。
これは、
(もしかして、怒っている?)
何故だろうと思う反面、思い当たる節はある。
星雪家は、結界樹を栽培する技術に必要な『梅社』の家系。一般農家にとって結界樹はなくてはならない魔豊植物だ。
農作物の脅威である病害虫。それが、如何に過酷な環境を乗り越えられるかの有無がある。
「本当なら僕じゃなかった」
だから、これは言い訳だ。
自分の道が踏み間違えても、誰かに後ろ指を指されずに済む安心材料。
「僕はたまたま
誰もが願う『世界の豊穣』は彼にとって無縁である。
そのはずだった。
——これも全部、世界樹が悪い。
「僕よりも、もっとふさわしい人が——」
「だからって、君が諦める理由にはならない」
「……え」
予想外の否定だった。
あまりにも待ち構えていた言葉ではなく、不意をつかれたように香輔はポカン、とする。
「もしも、君が星雪
正誓の声音がさらに強く、
「あの人は豊穣の探究者だった。この時代の理を教えてくれた人だ。君がその後継者になるだろう」
でも、と静かに付け足し。
「星雪くんが為すべきことは、自分が思っているよりも異なっているんじゃないのか?」
正誓は一般農家だ。彼のような農家は結界樹が無ければ作物は過酷な労働になるだろう。
それ故にこう言いたいのだ。『ふざけるな』と。
(僕が後継者を放棄することで、世界の豊穣は無くなる……か)
理解してほしいとは思わない。
香輔は星雪香散見の代役として存在するスペアなのだ。自分の意義など、とうに捨てている。
「もう一度聞くけど、星雪君の目的は何?」
繰り返し言う疑問に、意味合いが違う。けれど、香輔はそんな鉛で抉られたような重圧に耐えきれそうになかった。
だからなのか。
「
突如として悲鳴じみた声に反応が遅れ、空から女の子が落ちてくるのに対応出来なかった。
「「っ!」」
そのまま二人の間にストンと、着地に成功した女の子は軽い口で言う。
「あ、二人ともおはようさん!」
落下速度の割には衝撃音も関係なく、まるでネコのようにしなやかな着地であった。
彼女は二人を交互に見て、首を傾ける。
「なにしやんの? アルの前でえらい暗い空気が流れてる」
「い、いや。なんでもないです」
香輔は心臓をバクバクさせながら、彼女を見る。
緑を強調としたジャージなのか、ブレザーようで混合した制服を身を包み。セミロングで、どこか元気溢れる女の子だった。
彼女、梅咲初名はアルゲティにも挨拶をする。
「アルもおはよー」
メェー、と甘えたような声を出した。学農長しかなつかないはずの傍若無人(?)の暴れヤギが、だ。
「なんで梅咲さんだけなついているんだ?」
納得の出来ない香輔はアルゲティをにらみつける。
「みんなもアルには優しくせなあかんよ? せやから、心開いてくれへん」
「…………。」
それはただ、初名が女の子だからなのでは? と香輔はアルゲティの顔が、ゲスの表情にしか見えなくなってしまった。
「ところで梅咲さん、また飛梅を使役したの?」
正誓の指摘に初名はギクリッとする。
『また』というのは、度々彼女は魔豊植物を使っているところを目撃しているからだ。風紀委員である正誓は取り締まる理由がある。
今までクラスメイトのよしみであったが、流石に見て見ぬふりはできないようだ。
「私欲での魔豊植物は原則禁止じゃなかった? 風紀委員として見逃せないなぁ」
「…………あー、そうやったっけ?」
「あからさまに目を背けない。生徒会でも特に豊穣術の扱いが苦手な梅咲さんは要注意人物になっているんだから」
「わえ、そんなに有名人!?」
「……なんでそこで目をキラキラしているのかは置いといて。とにかく、これ以上はスルー出来ないからそれなりの罰を覚悟したほうがいいよ?」
「ど、どないしよコウちゃん! このままだと学級裁判の判決でオシオキされちゃう!」
何を想像したのか、梅咲初名は青ざめながら香輔に助けを求める。
「わえ、コウちゃん弁護士を求む!」
「星雪弁護士、異議はあるか?」
「特にありません」
「コウちゃん! そこは『異議ありビーム』を撃ちながら、相手を倒すところなんよ!?」
「想像力が壮大ですね。あと、アニメの見過ぎです」
早口に言い終えてから、初名のハマっているアニメを思い出しつつ。香輔は彼女の服が汚れているのに気づく。
「梅咲さん。それ」
「ん?」
「……。一人で、ですか?」
「んー。そんなたいしたことあらへんよ。飛梅で、びゅーって行けばすぐやから」
飛梅の本来の豊穣術は樹木の『移植』だ。これを人が使うと高速移動にもなる。
ただし、梅咲初名は魔豊植物の扱いが苦手らしく、彼女の場合驚異のジャンプ力となるようだ。
圃場までの最速移動に使ったのだろうか。
「最近になってから変な噂になっていますから、単独行動は控えて下さい」
「それって、『森荒らしの魔女』の噂?」
小首をかしげながら初名は言う。
『魔女が現れれば、農作物に疫病が来る』
そんな噂が流れている。いや、現にそのようなことが実際に起きているのだ。
箒にまたがりとんがり帽子とマントを羽織った、まさに魔女のような格好で空を飛んでいる影を目撃者が多数いたそうな。『浮く』という事なら『木空船』という魔豊植物だろう。その名の通り風船のように浮き、大気中の水蒸気、チリを養分とし、インテリアでも空気清浄機にもなれる人気の高い観葉植物だ。
おそらく、その素材で箒のようなものを造ったのかもしれない。
ただし、『魔女のコスプレをした物好きが箒にまたがり、魔豊植物に被害を与えている』なんて余程の変わり者である。
「わえが畑を見回したあたり、なんも無かったよ?」
「とはいえ、油断しないでください。いつ奴が穢れを農作物にあてるか分からないですから」
『森荒らしの魔女』は魔豊植物を狙った犯行だ。奴がまき散らしている穢れは病害虫を誘発する天敵である。
このような事件はイタズラにしろ、許されることではない。
「『穢れを生み出す魔女』か。それが本当なら『ラタトスク』が動くはずです」
「『ラタトスク』って環境団体やっけ? こういう時も動いてくれるん?」
「まぁ、さすがに無視は出来ないだろうね。人為的に穢れを放つなんて異常だ」
『ラタトスク』は現代の魔豊師を支援する団体だ。人員数は少ないが、ほとんどの人は自然能力者(セレス)である。
そして、魔豊植物の環境保護も行っている。
その魔女が本当に穢れを生み出すものなら、驚異的な存在になるだろう。
(でも、穢れを生み出すだけなら『魔女』の動機が分からない。余程の魔豊植物に執着しているのか? だとしても蟲魔(コクーン)が関わってくる。もしかしたら僕も動くべきか……)
香輔の疑問が浮かび上がるところで、なにやら初名のお腹から可愛らしくきゅるるー、と音が鳴った。
「えへへ。アルの食べっぷりを見ているとお腹減っちゃった」
「ちょっと早いけど食堂に行こうか。あとはアルゲティの小屋を掃除するだけだったよね? 俺も手伝うよ」
「じゃあ、わえがアルと遊んどるね」
「マジですか。こいつ、小屋で掃除するだけでもどつかれるから無駄に時間が掛かるんですよ。もうちょっと人に甘えたら可愛げがあるのに……」
メェー、と鳴くアルゲティは相変わらず、むしゃむしゃと食べていた。
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