垣原南の講習
「ツリー・ネクサス」
教卓に立つ果樹担当女史、垣原南が言う。
「またの名を『神樹様』とか『世界樹』と一般名では呼ばれていますが、正式名称はツリー・ネクサスです」
魔豊学校敷地内。果樹エリアにある果樹棟の一室。果樹班、野菜班、花卉班と三つに分けているその一つ。ここにいる数人の生徒達は果樹班だ。特に決められていない席に座り、前の教卓に立つ新人教師の話に耳を傾ける。
「そして、ツリー・ネクサス誕生と同時に植物の超常現象が起こりました。私には詳しくはありませんが、漫画などのフィクション。魔法という概念です」
一口に魔法とは言っても、これは分かりやすく世間が解釈をしただけ。
これは植物の『進化』だ。植物たちの本来ある姿、環境に適した本能。あくまでも、オカルトなどではない。現実における超常現象だ。
魔法ではなく魔豊。それを使役するのが『豊穣術』である。
「その魔法と似て非になる『豊穣術』は、私たちが正しく扱わなければなりません。便利であるほど危険を伴うのです」
これらはツリー・ネクサスの存在が原因のものだ。
地球温暖化は無くなり、より良い環境が整った。そして、新たな時代が生まれた。
窓からの風景がまるで一枚の絵画のように世界樹が存在していた。
天を貫く巨大な大樹。世界の秩序を象徴するかのように。
(……、)
ただ一人を除いて、星雪香輔は生気のない眼で世界樹を見ていた。
(世界樹の自然エネルギーシステムは地球全体の要となる。あんなのが平和の象徴だなんて……、僕にしてみたら恐怖で従えている悪魔の樹だ)
自然エネルギーシステムにはまだ不十分な原理が多いが、このシステムを発見したのは、香輔の兄、星雪
だが、星雪香散見はもういない。
(そう、あの悪魔が僕達の家族を狂わせたんだ。アレのせいで兄さんがいなくなった)
突如として行方不明とされているが、死亡と断定となった。中には次期当主のプレッシャーに耐えきれずに逃げ出したと噂が立つ始末。
(兄さんは死んでなんかない。世界樹に行けば、絶対になにか手がかりがあるはずだ。魔豊学校ならいくらでもチャンスはある)
彼はろくに南女史の話を聞かないまま、頬杖ついて明後日の方向へと。
そんなふてくされた顔で授業態度もクソもない生徒を目撃した垣原南は。
(や、やっぱり今更すぎるのかしら。初心に戻ってわかりやすく世界の理のところから作物の特殊栽培方法を教えていく講義なんだけど、さっさと本題に入る方が良さそうね)
昨夜。徹夜で考えた講義内容は、『地球の誕生→人類の誕生→ツリー・ネクサスの誕生→植物の進化』である。
新任教師の心中はオドオドしているが、表情はクールを務める。
と、そこで挙手をする女子生徒が、
「先生。なぜ植物だけが進化を遂げたのでしょうか?」
(ナイスだわ! 日川さん!)
救いの女神と言わんばかりの、だが心に留めておく。
ポニーテールが似合う強気な女の子は背筋をピンッ、と伸ばしながら立つ。日川梓
はクラスの委員長を務めている。
南はコホンッ、と一拍おいてから。
「ツリー・ネクサスが放つ自然エネルギーが原因だと思われます。自然エネルギーは目に見えない現象のようなもので、人には何ら害はありません」
ただし、と一言添えてから後ろの大きな講義用ホワイトボードに書き出す。
「例外があります。自然エネルギーから人へと与えられた恩恵。それが
豊穣術とは違う正真正銘の超能力。
「全ての人間が超能力めいたものを使役出来る訳ではありません。説によれば、神に選ばれたものしか与えられない恩恵だとか。ただし、その力を用いれば体の一部に不調がともなう可能性があります」
「そんな能力を人を扱うのは危険ではないのですか?」
「確かにその通りですね」
その質問には即答であった。
自分の講義を聞いてくれる生徒がいて、ちょっと嬉しそうな、だが心に留めておく。
「ただ、『ラタトスク』が保護と規制をかけています。実際、私も目撃した訳ではありませんが、翠のオーラを纏っていて綺麗らしいですよ」
「私には同じ人間とは思えません」
「……」
ビクッと、反応したのは香輔だ。
「神の恩恵やら超能力とか簡単に言いますけど、要は得体の知れないものを人間が扱っているんです。恐怖でしかありません」
日川梓はしっかりと断言した口調だった。何にも動じない真っ直ぐの目は、垣原南に貫かれる。
「え、えっと。それは私には判断つきにくいですが……、そんなことは無いと思いますよぉ」
「では、本物の
梓は窓際の席に座る少年に向かって、
「星雪香輔くん」
名指しで呼ばれる星雪香輔は日川梓と目が合った。
「あなたはどうなんですか?
「……いや、僕の場合はちょっと特殊な体質で……、自分でもよく分からない時があるんです」
正直、香輔自身は能力を使用する場面は多々ある。しかし、その彼の
「日川さん。香輔はまだ幼いので力の制御が不安定ですわ。それに、その質問は彼の精神的にもよろしくありません」
杏が立ち上がり、梓に抗議をする。
「……制御が出来ていない彼は大丈夫なのですか?」
「このわたくしが見守っていますから問題ありませんわ。そんな怪物を見るような眼で香輔を見ないで下さいまし」
「杏。僕なら大丈夫だから」
「いいえ、よくありません。わたくしは貴方の世話係としているのです。星雪家に任される身として香輔の誤解を解く必要がありますわ」
杏は責任感が強い。それは香輔には充分理解していた。だから、彼女を納得させるのにはかなり面倒だった。
「私は何も星雪くんを敵視している訳ではありません。その力の使い方を間違えてはいないのか問いたいのです」
「その言い方が気に食わないのです。
何故か彼女らの間にバチバチと火花がちらしている。
(あ、あら。変な空気になったわね)
敏感に空気を察知した南は冷や汗が出る。
一触即発の雰囲気に無理矢理にでも話題を逸らそうと南は手をパンッ、と合わせて。
「ま、まぁ。プライバシーもありますし、興味本位で質問攻めって言うのも本人が困りますし、ここで終わりにしましょう?」
と、ここでチャイムが鳴る。南にはそれが福音を鳴らす天使の鐘に聞こえた。
「それではここまで。あっ。午後の自習にレポート持って来てください」
ちょっとだけ重い空気を残して、南が教室から出て行った後、杏と梓は席に座る。彼女らは黙ったままだが、すぐに生徒たちの談笑が始まった。特に気にしている訳でも無いので生徒たちは自由な感じだ。
しかし、その中でも一番居心地の悪い香輔は遠い目をしていた。
(なんかもう……つかれた)
板挟みに合うだけで、何もしていないのにドッ、と疲労感を覚える香輔。机にうつ伏せるそんな彼に声がかかった。
「なに燃え尽きたみたいな感じになってんだ? そんなにお勉強は嫌だったのか?」
言い放つ人当たりよさそうな少年、三上稔哉だ。
彼は野菜班なので違うグループのはずだが何故ここにいるのだろうか?
「あ……いや、そんなことないですよ……」
「まだ敬語?クラスメイトだし、二つ年上だけなんだからいらなくね?」
そう言われても、と苦笑いを浮かべる。
「それよりどうしてここに?合同授業には早くないですか?」
「お前、今週のヤギ飼育当番だったよな。処理しようとする野菜あるから、よかったらそれ使ってくれ」
それは助かる。と香輔は思った。
基本アルゲティのエサは、自分でそこら辺に生えている雑草を刈って集めるのがほとんどである。
たまに果実、野菜、花卉からの出荷に行かない農作物を貰う事もある。
ちなみに、二つ名を残飯処理とも言う。
「それを言うためにわざわざココに?」
「南ちゃん可愛いかっただろ」
「…………あぁ」
なるほどと納得する。
そういえば入学当初から、彼は垣原南のことを可愛いとかなんとか言っていた気がする。
『南ちゃん』と呼ぶのは稔哉だけだ。確かに彼女の愛らしさと親しみやすさなら、そう呼ぶのはしっくりくるかもしれない。
「なぁ。魔女の話知ってるか?」
「最近噂になっていますね」
「南ちゃんが魔女だったら結構こねぇ?」
なにがくるかサッパリだ。
「なんていうかさ、フリフリの魔法少女が一番似合ってるてゆうかさ」
そんな話をしていると、正誓が近づいて来た。
「でも垣原先生が魔女なら、森荒らしの犯人って事だよ」
今朝も話したとおり、森荒らしの魔女と呼ばれる犯人の特徴は箒を持つ、とんがり帽子とマントを羽織った。とかなりの本格的な出で立ちで彷徨っている。
その真意はわからないが、物好きなコスプレが荒らしまわっているということだ。
「バカヤロウ!南ちゃんだったら世界を滅ぼされても許せる自信がある!」
「それもどうかと思うよ」
ははっ。と、二人の会話に愛想笑いだけする香輔にとってどうでもいいことであった。
「おい、お前ら。すぐ講堂に集まれ」
が、生徒たちの談笑もピタッ、と止まる。
生徒会長の一声。
並羅歩。その声に一同彼を注目させた。
「何かありましたか?」
生徒会所属の姫神がすぐさま問いかける。
そして、歩の答えにここにいる全員の緊張が走る。
「
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