弐  祖父の秘密

 山から下りたら、おじいちゃんの家はすぐだ。

 古民家の、ポツンと一軒家。

 お父さんとお母さんが、どんなに町暮らしを勧めても、おじいちゃんはここから動こうとしなかった。


「このことは誰にも言ってはならぬ。颯花フウカよ」

 おじいちゃんは、囲炉裏端いろりばたに私を呼んだ。


「あの甲冑かっちゅう少年のこと?」

熊之介くまのすけさまじゃ」

 

 彼は今、お風呂に入っている。


「あーーーーーー、はぁ」

 って、湯船に浸かった瞬間、妙な声あげてた。


「これで洗う。これでこする。これで御髪おぐしを」

 一通り、おじいちゃんが教えた。



颯花ふうかに話しておこう」

 おじいちゃんは遠い目をした。

「おばあちゃんに出会ったのも、今日のような霧の出た山の中だった」


「ん」


わしは追手から逃げるうちに、深い霧の中で熊之介くまのすけさまとはぐれてしもうた」


「えっ?」


「怪我をしていたわしを、おばあちゃんは山でみつけ介抱してくれた。警察にも身元不明人として届けてくれた。わしは籠城しておる城から抜け出し、援軍を請うために國主こくしゅさまの城へ行くところだったと説明したが、おかしいことを言っていると近所で評判になり、口をつぐむことにした」


「そうなの?」

 おじいちゃん、寡黙かもくだなと思ってた。


「半年の内に、おばあちゃんとになった」


「進展、早っ」

 

「もしかしたら、熊之介くまのすけさまも、どこぞの里へ降りられたかもしれぬと、この三十数年、ずっと探していた。この場所から離れぬようにした」


「なるほど」


「したが、時をたがえて参られるとは」


 どうやら、おじいちゃんが熊之介くまのすけとはぐれた時はグイグイのイケメンだったのか。

「って、どこから来たの、おじいちゃん」


「西暦だと、せんごひゃくななじゅう1570年ぐらいかなぁ」


 すっごい、昔だ。




 風呂から上がって来た甲冑かっちゅう——じゃない、熊之介くまのすけは、ぴかぴかつるつるの美少年となっていた。

 おじいちゃんの浴衣を着こなしている。


 白湯をお茶碗に入れたのを、私は囲炉裏端いろりばたの彼のところへ運んだ。 


颯花ふうか殿、かたじけない」

 熊之介くまのすけは私の名前をすんなり覚えた。 

颯花ふうか殿、ふうか、ふう、フウ」


 呼び過ぎでない?


「その名、もしや剛右衛門ごうえもんがつけたか」

「そうだって、聞いてござる」


という名の日女ひめがいた」

 熊之介くまのすけは、私を通して遠くを見ている。

 もしかして、胸きゅんエピソード?

「人質だった日女ひめは、見せしめとしてはりつけにされた。我らの主君が敵に寝返ったからな」


 胸きゅん、じゃなかった。

 

剛右衛門ごうえもん、戦はどうなったのじゃ? 我らは、ここにいて……、援軍は来たのか?」 


「おそらく援軍は間に合いました。この地に残された文献によれば」


國主こくしゅさまのところへ誰ぞたどり着けたか、よかった」

 熊之介くまのすけは、心底、ほっとしたようだった。


「ですが」

 おじいちゃんは、ゆっくりと立ち上がった。

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