霧ノ國 時の往来〈短編〉

ミコト楚良

壱  霧の中

 春になると楓花ふうかは、おじいちゃんの山へタケノコを掘りに行く。

 地上に筍が頭を出さぬうちに、土をそっとわけて傷つけぬように掘るのだ。

 なかなか筋が良いらしく、この季節は頼りにされている。


 その日も朝から、筍を掘りに山へ入った。

 すると、急に辺りが霧に包まれた。

 こんな濃い霧に遭遇するのは、はじめてだ。

 楓花は大きな木の根元にかがみ込んで、霧の晴れるのを待つことにした。


「……さまぁ。……えもんさまぁ」

 誰かが誰かを呼ぶ声がした。

 だんだんと近づいてくる。


 そして、霧の中から楓花の前に現れたのは、博物館にあるような甲冑かっちゅうを身に着けて、刀を腰に差している少年だった。

 瓜実顔うりざねがおのその顔は、中1くらい?

 向こうもこっちを見て、びっくりしている。


「娘、異形いぎょうの者か」

 刀に手をかけてる、おい。


 たしかに春休みのたわむれにレインボーカラー七色に髪、染めちゃったから。

 

「仲間とはぐれた。おぬし、見かけなかったか」


 こんな小僧が、まだ何人かいるのか。


 おじいちゃんが言ってた。

 最近、勝手に山に入ってくる若者が多くて困ってるって。

 サバイバルゲームっていうの?

 この子は、〈新しい分野〉の人かな。


「見かけぬ」

 のっかってみた。


「……その、頼みがある」

「なんでござる?」


 悪ノリ。こういうのキライじゃない。


「水を……、できれば陣中食じんちゅうしょくをわけてほしい」

「じん? 食?」

 食料?


 (もう~。山には、ちゃんと食料確保して入ってよ。天気だって変わりやすいんだから)


 楓花は保温水筒からキャップになっているコップを外して、それに温かいウーロン茶を注いだ。

 あとリュックから、クラッカーを出した。


 甲冑かっちゅう少年は渡されたウーロン茶の注がれたコップを、しげしげとながめた。

「薬草茶か?」

「ござるよ」


 丸いクラッカーも、甲冑かっちゅう少年は長々、みつめていたが、一口、口に入れてからは、たちまち一箱、たいらげてしまった。


 どんだけ、お腹空かせてんだ。


摩訶不思議マカフシギな……」


(いや、君のほうが)


 ふたりは、大きな木の根元に腰かけていた。

 霧は、まったく晴れてこない。

 おじいちゃんは、そぐそこにいると思うんだけど。

 この霧に足止めされているのか。


「あぁ、早く、國主こくしゅにお目通りせねばならぬというに」


 甲冑かっちゅう少年が嘆いている。

 連携プレー、地味に大変そう。


「娘、馳走ちそうになった。この恩義は忘れぬ」


 地べたに座り直して、礼をする。

 世界観、徹底してる。


「行かねば」


 この霧の中を?


「危険じゃ」

 楓花は口調を真似てみた。


「したが、追手が。みつかれば、八つ裂きじゃ」


 敵チーム、容赦ない。


「どうしてもと言うなら、木につけた目印を辿たどれば里に降りることができるよ」


 楓花たちは、やみくもに山に入らない。

 木の枝に古いセーターをほどいた毛糸を結んでは、帰る手がかりを残していた。


剛右衛門ゴウエモンが心配じゃ」

「ごう?」

「共に、こたびの密命を受けた……」



「ここに参じましてございます、若竹わかたけきみ

 そのとき。霧の中から現れたのは、おじいちゃんだった。


 地べたに片膝立ちになり、こうべを垂れている。

 いつの間に、サバゲ―参加した?


剛右衛門ゴウエモン、なのか?」

 甲冑少年は震える声で、おじいちゃんに駆け寄った。

「――われの知る剛右衛門ゴウエモンは、このように年を取っておらぬが。われを若竹わかたけと呼ぶは、そなたきり」

「面目ない。老体をさらしても、今一度、若にお会いしとうございました」


 甲冑かっちゅう少年は、おじいちゃんをかき抱いた。


 何、この世界。

 何、見せられてんの。


 やっと、おじいちゃんが私に目を向けた。

颯花フウカ、この方が熊之介クマノスケさまじゃ」


 いや、知らんがな。

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