三人にして迷うことなし
「アンタら人んちで、何やってるんですか……?」
テディの呆れたような間の抜けた声が響く。
アリスはため息を吐いてから、ライアンの首に腕を絡ませ、ニヤリと笑ってびしょ濡れのテディを見た。
「何だよテディ。イイところだったのによ」
「なっ!? あっ、アリス殿! なんて事を! いや、その違うんです!テディ殿!!!」
弾かれるようにライアンが飛び退いた。まるで驚いた猫だ、とアリスは可笑しそうに笑った。
「まぁ、どうしようと勝手ですがね。俺のヤサでヤらないでくださいよ」
テディが濡れそぼったシャツを脱ぎながら文句を垂れる。傷だらけだが、綺麗に鍛えられた上半身が露わになる。
ライアンがテディの露骨な言葉に、口をパクパクさせながら顔を赤く染めた。
「て、テディ殿、さすがにレディがいる前でそれは……」
「お前の家じゃねぇだろ。もぐりの娼館に棲みついてるだけなんだからよ」
アリスが勝手知ったると言う風にキャビネットを開けて置いてあったウイスキーの瓶を取った。
「テディ殿! 先程は単なる事故であって、その、私は!」
「ちょっと旦那! 勝手に人の酒飲まないでください!」
「うるせえなあ、けちけちするなよ。お、何だ良いの隠していやがって」
三者三様、言いたい事を話しているせいでめちゃくちゃである。ライアンは気の毒なくらいに顔を赤くさせて、ひたすら弁明しているが、誰も聞いていない。
アリスはアリスで隠してあったスコッチの瓶の栓を嬉々として開けようとしていて、テディは必死でそれを阻止しようとしていた。
「諸君!!!」
いい加減、堪忍袋の緒が限界だった紳士の一喝が鄙びた娼館の一室に響き、二人は瓶を取り合ったままライアンを見つめた。
「一度、冷静になりましょう」
こほん、と気まずそうに咳ばらいをするライアンに、二人は「あ、ハイ」と素直に頷いたのであった。
「何にも出なかっただぁ?」
粗末な椅子に腰かけたアリスが、テディの報告を聞いて、素っ頓狂な声を出した。
「ええ。ジャム、スコーン、ショートブレッド全部。毒物の類は見当たらないって王(ワン)先生が」
「そうか……王先生が言うならそうなんだろうな」
「王先生?」
ライアンが首を傾げる。アリスは「ああ、まだ言っていなかったな」とライアンを見た。
「パーティの時、タウンゼント卿の周りに落ちていた菓子類をちっとばかし拝借してきたんだ」
「へえ、何のためにです?」
「タウンゼント卿のテーブルだが、紅茶のポットが殆ど空だった。もし紅茶に毒が入っていたなら、最初の一杯を飲んだだけで死んだだろう? なら紅茶はほとんど残っていたはずだ」
「なるほど。それならば、菓子類に入っていたと推測できますね」
「だからチャイナタウンの王先生に頼んだのさ。彼はもぐりの医者だが、毒物に非常に詳しい事で有名でね。昔何度か捜査で協力を依頼した事がある」
医者の名は王延伸といい、チャイナタウンの片隅の老闇医者なのだが、毒物漢方外科手術なんでもござれという名医であり、名だたるギャングのボスですら彼に頭が上がらないというほどの裏社会では知られた人物である。かつては皇帝に仕えていた侍医ではないかという噂もあるが、真偽のほどはわからない。アーサーも捜査の時に酷い怪我を負って彼の下に転がり込んだ事も多々あった。
「捜査で協力を?」
ライアンが不思議そうに言った。アリスはしまったと目を瞑る。アーサー・バートレットの経験をそのままべらべらと喋ってしまった。
「いや、知り合いの捜査官に聞いた話だ。それで、他に何か出なかったのか?」
話を逸らすように、アリスはテディに聞いた。
「うーん。分かり易い毒物は出てないっていう事と……あ、そうだ」
「スコーンとショートブレッドには、バターの代わりにピーナッツクリームが使われてると。美味そうだからレシピが知りたいって王先生が」
「なんだそりゃ。結局骨折り損のくたびれ儲けじゃねえか。全く」
はあ、と大きなため息を吐いてアリスが天井を仰いだ。
二人のやり取りを見ていたライアンがおもむろに口を開いた。
「そういえば、ソーホーのチャイナタウンに『プワゾン』という紳士クラブがあるらしいのですが、テディ殿は何かご存知でしょうか」
テディが煙草に火を点けながら、ライアンを見る。
「ああ、知ってるぜ。小劇場の地下にあるクラブだ。かなり厳しい会員制で入れないって噂だが……それがどうかしたか?」
ライアンが生前のタウンゼント卿からそのクラブに誘われた事を説明し、紹介状のカードを見せた。
「へえ。おもしれえ。それがあれば中に入れるだろうな」
「私も潜入する。テディ、その下準備を頼みたいんだ」
アリスがそう言うと、テディが「ええ!?」と声を上げる。
「で、でも紳士クラブですよ。それにかなり秘密の会員制の……」
「わかってるよ。ショーガールでも酌婦でも何でもいいから潜り込めりゃそれでいい。報酬も勿論弾むぜ」
アリスが五本の指で金額を提示すると、テディがごくりと喉を鳴らした。
「ううう……分かりましたよ。こうなりゃあとことん付き合いますよ!」
テディがやけくそのように三つのグラスにスコッチを並々と注いでアリスとライアンに滑らせた。
グラスを受け取りアリスはにやりと笑った。
「よぅし。契約成立だ。では新たな捜査班の誕生と我々の友情に」
三人が各々グラスを掲げた。
「乾杯」
かちり、とグラスの合わさる音がガラスを叩く雨音の中に響く。
新たな戦地に赴く兵士のように、ランプの灯りを受けたアリスの眼はぎらぎらと輝いていた。
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