男装の令嬢は昼下がりに吼える
「くそ、こいつ……脱げねえぞ!!」
ドレスを脱ごうと躍起になっているアリスに、テディがやれやれと近づいて来た。
「ほら、そんな引っ張ったら破けちまいますよ。ちょっとじっとしていてください」
「早くしてくれ」
アリスは渋々とテディに背を向ける。一方ライアンは信じられないという顔でその光景を見つめていた。
「あの、一体……何をしているのです?」
「着替えるんだよ。窮屈でしょうがねえ」
「ここ、でですか?」
「おうよ」
なんともちぐはぐなやり取りの間も、テディは手際よく背中のリボンを解いてゆく。そして一つ、二つ、とボタンが外れ、ドレスのペチコートがするりと脱がされ、繊細なシルクの肌着を纏った細身の肩とデコルテが露わになった。それを見てライアンの顔がみるみるうちに赤く染まり、アリスに背を向けて咳ばらいをしながら言った。
「失礼。私は少し外で待っていよう」
「別に此処に居たっていいぞ。減るもんじゃねえし」
「しかし……!!!?」
丁度ライアンが振り向いた瞬間、アリスはスカートの部分を脱いで下着とドロワーズ姿になっていた。
ライアンは面白いくらいに真っ赤になると「す、すまない!」と言って部屋を飛び出して行ってしまった。
テディが後ろで腹を抱えて笑っているのをぎろりと睨みつける。
だが当のテディはどこ吹く風で、脱ぎ散らかされたドレスを笑いながら丁寧に拾い上げていた。
「あんまりお坊ちゃまをからかっちゃダメですよ」
「からかってねえよ」
「でも、中身が旦那だって知らないんでしょ?」
「……まあ、そうだが」
用意されたシャツを着ながら、アリスは歯切れ悪く言った。本当はあのお育ちの良い、お人好しの青年を巻き込むのは気が進まないのだが。
「見た所すっげえ良いトコの貴族の坊ちゃんだ。結婚するならああいう男がいいじゃないですかね?」
「馬鹿言え。結婚なんかするならウナギのスープをバケツ一杯飲み干した方がマシだね。クソ喰らえだ」
そう吐き棄てると、テディはいつもの甘いハンサムな眦をさらに下げて、笑みを深めた。
「なんだよ。その笑いは」
「いや、良かったなって思って。旦那がいつもの旦那のままで」
「はぁ?」
「だっていきなりあんなハンサムな野郎連れて来るんですもん。俺から乗り換えたのかと嫉妬しちまいましたよ~」
「うるせえな止めろ気持ちわりい」
くねくねと擦り寄ってくる男の太腿をばしりと強めにビンタして、白い麻のシャツとチョコレート色のズボン、サスペンダーを身に着けたアリスはシャツの袖のボタンを留めながら言った。
「まぁ、お前には感謝してるよ。お前がいなかったら俺はまだあのキラキラした監獄で飼い殺しになってたさ。そう思うと寒気がするぜ」
その言葉を聞いたテディが驚いたように目を見開いた。そして感極まったように口に手を当ててから「旦那ぁ!!」と抱きつこうしてきた不埒な男をひらりと躱しつつ、華麗な足払いを食らわせる。
男の顔面が床と仲良くなるのを冷ややかな目付きでハンチング帽を被ったアリスが見つめていた。
「それと次はタバコも用意しとけよ。貴族共の葉巻は性に合わん」
「ちくしょう鬼警部補め……」
「なんか言ったか」
「何でもないです……でも、これからどうするんです?」
床に寝そべったまま、テディがアリスを見上げた。
「決まってんだろ。奴を追う」
「奴って……【サウスエッジの人喰い狼】を?」
「そうだ」
すると、テディは身体を起こして胡座をかくと、言いづらそうに口をもごもごさせた。
「実は、まだ旦那に言ってなかった事があるんですが……」
「何だよ。はっきり言え」
「旦那が撃たれてから、事件の担当が変わったらしいんですよ」
「誰だ? それは」
「……内務省から来た、ジョナス・グローヴァーです」
アリスの表情がみるみるうちに怒りの形相に変わる。テディがまずい、と舌を出したがもう遅かった。
「あのクソ野郎が!!!!新しい担当だと!!」
そのアリスの怒声は、部屋の外で律儀に待っていたライアンにも聞こえるほどであった。
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