服を隠すならお屋敷のクローゼットに
ずんずんと進み続ける。すると部屋に充満する酒精の香りと、至るところに転がる酒瓶が目に入り、アリスはため息をついた。
大きなベッドからは何人かの足が出ていて、枕元には美女二人に囲まれた、いびきをかいて眠る若いハンサムな男の顔があった。
アリスはこめかみに青筋を立てながら、息を大きく吸い込んだ。
「起きろ! スコットランドヤードだ!」
「うわっ!!」
ライアンすらもびくつかせた大声は、見事にベッドで怠惰な眠りを貪っていた若者を無理矢理夢から引き摺り出したようだ。
テディが飛び跳ねるように身体を起こすと、毛布がベッドから落ちた。
きゃあ!と毛布の中で何も身につけずに眠っていた二人の女性が悲鳴を上げたのを見て、ライアンはすぐに「失礼!」と後ろを向いたが、アリスは仁王立ちのまま「早く起きろ。このバカ!」と舌打ちした。
「え…だ、旦那???」
「お前、随分と楽しんだみてぇじゃねぇか。ええ?」
腕を組みながら唸るアリスの背後に、テディにはあの恐ろしいスコットランドヤードの警部補が見えた気がした。
「俺が渡したのはテメェの小遣いじゃねえぞ」
「あっ…違うんですよ! 必要なモンは揃えた後に…その、残った金でカードやったら大勝ちしちまって……久しぶりにチャンの店で遊ぼうかなって……」
素っ裸で必死に説明するテディを呆れたように見た。
アリスは二人の女性たちに部屋から退出してもらってから、テーブルに置かれたウイスキーのボトルを取り、まだ半分以上残っている中身を呷った。
「で、美人の姉ちゃんはべらして昼過ぎまで遅寝とはいいご身分なこった」
「いやほんとマジで旦那が来るとは思わなかったんですよ……そういやそこのハンサムな兄さんは旦那のコレですか?」
テディが面白そうに右手の親指を上に向ける。アリスのこめかみにビキリと青筋が立ち「ブチ殺すぞ」と地を這うような唸り声が聞こえてテディは引き攣った。
「ミス・ガーフィールド、彼は……?」
戸惑うかのような視線をアリスとテディに向けているライアンに、テディは片眼を瞑ってニヒルに笑った。
「あー……深窓の乙女を守る騎士ってとこかな」
「飼い犬だ。普段は駄犬だが、頭は回る」
ひでーな!とテディが不満をあらわにしたが、アリスはぎろりと睨んで黙らせる。
「で、頼んでた物は?」
「ああ、ハイハイ。調達してありますよ」
のろのろとテディがベッドから這い出ようとするところに、アリスはちょっと待て、と声を掛けた。
「何です?」
「せめてパンツを履け。この俺にそのクソ粗末なモンを見せたら、ケツを蹴り上げるぞ」
するとテディはもう一度ひどい!と悲鳴を上げた。
「こちらです。言われた通りに揃えましたんで」
下着とズボンだけを履いたテディが古びたトランクを引き摺って来た。
「これは?」
ライアンが興味深げに覗き込む。
「我儘なお姫様のおねだりですよ。ていうかアンタ、この『お嬢さん』が本当に可愛らしい子猫だと思ってんのか? 中身はクーガーもびっくりなおっかねえライオン……いってえ!」
アリスの硬い爪先がテディの脛を捉えていた。
「余計な事言うな」
「クソ、何て凶暴なお嬢様だ」
ぶつぶつ言いながらトランクを開ける。中には男物の服がぎっしりと詰まっている。
アリスは事前にいくつかのポンドをテディに渡し、サイズの合う男物の服を調達するように頼んでいたのだ。
労働者の来ているシャツ、ズボン、帽子、コート、郵便配達人の制服まで入っていた。
「サイズは目測ですがね。絶対にぴったりだと思いますよ。旦那の今のスリーサイズだって当てられる」
「すごいな。一体どうやって当てるんです?」
ライアンが見当違いな誉め言葉をテディに向ける。アリスはそれを頭痛と共に聞いていた。
「そりゃあ勿論、色々な女性と色々な経験をすれば自然と身に付くものだ。アンタみたいなハンサムなら選り取り見取りだろうよ」
「おいライアン、そいつのしょうもねえ冗談を聞いていたらバカになるぞ」
トランクからシャツや釣りズボンを取り出しながらアリスが言った。
ライアンはきょろきょろと部屋の中を興味津々と回りながら、二日酔いにベッドで腰掛けながら唸っているテディに向かって自己紹介をしているようだ。
「そうだ、自己紹介がまだでしたね。私はライアン。今日はミス・ガーフィールドの付き添いで参りました」
「……どうも。テディだ。悪いけどさ、そこの水取ってくれない?」
まるで正反対の男達はどうやら馬が合うようだ。その会話は噛み合っているとは言い難いが。
「ったく……どいつもこいつも」
取り出した男物の服に着替えようとして、アリスははた、と気が付いて、二人を見た。
「なあ、このドレスって奴は、どうやって脱げばいいんだ」
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