第57話

      ◆


 騎士王となったアクロ・アガロンは、選挙において三期連続でその座に留まった後、全騎士の満場一致を持って、終身騎士王となった。

 様々な改革がアクロ王の元で断行され、エッセルマルクは彼の治世で国力を倍増させたと後世で言われることになる。また軍に関しても、奴隷の一部を常備軍として編成し、これは各地の騎士の持ち物ではなく、国軍とした。

 アクロ王の弟であるエクラに関しては、様々な逸話が後の世に語り継がれた。

 イナンホテプの平地の戦いにおいて負傷し、それが元で精神の均衡をきたし、死ぬまでアガロン騎士領の城で過ごした。

 イナンホテプの平地の戦いにはそもそも参加しておらず、戦闘が終結した後、戦場で落馬し半身不随となった。そのまま彼は中央に出ることもできず、アガロン騎士領で過ごした。

 エクラ・アガロンは兄が騎士王となったことで放蕩の限りを尽くし、それが祟っていかがわしい病にかかり、顔面にひどい痘痕ができたがために、死ぬまで城に籠っていた。

 いくつもの記録があるにはしても、エクラ・アガロンという人物は、その兄であり最も名を馳せた騎士王とは雲泥の差の評価がされているのは事実である。

 アガロン地方に伝わる噂として、エクラはある時、地下の探検を思いつき、実際にそれを実行した結果、地中に棲む悪鬼の襲撃を受け、これにより負傷したのだというものがある。この噂は遡っていくと、時期的にはイナンホテプの平地の戦いの時期と重なるため、エクラが戦闘によって負傷した事実が脚色されたものと思われる。

 またこの時期、聖教会で奇妙な動きがあることも、聖教会の記録には残されている。

 その動きとは、アクロ・アガロン騎士王は聖教会に異を唱える異端者である、と訴えるもので、聖教会の最高幹部たちが議論した記録もまた残されている。結論としてはアクロ王は異端ではなく、むしろ善良な王である、というところに落ち着いている。

 ほぼ同時期にエクラ・アガロンは聖教会が認める聖騎士にふさわしい、とする議題も聖教会の中で議論された。これはアクロ王の異端にまつわる議論よりはるかにあっさりと否定されている。

 この兄弟に対する正反対の聖教会の態度は、後の世では、聖教会によるアクロ王独裁への牽制、もしくは切り崩しだとされているが、実際にどのような意図が働いたかは、重要な部分の記録が散逸しており、判然としない。

 少なくとも、アクロ王とエクラが仲たがいすることはなかったし、アクロ王の事実上の独裁は揺るがなかった。これは権力中枢であるエッセルマルクの騎士家の団結と、エッセルマルクの民の支持によるところが大きく、聖教会はこの時期、どのように動き、働きかけようとアクロ王の権力、権威に傷一つ付けることができなかったのであった。

 アクロ王の時代、首都の王宮の中には、二つの碑が建立されている。

 一つは戦死者を弔う碑であり、国礎の碑、と呼ばれている。ここには戦死した兵士、指揮官の全てへの弔意を表明する碑文が刻まれている。

 もう一つの碑には、何も刻まれていない。誰のための、何のための碑なのか、一言一句として刻まれていない。

 この奇妙な碑は、アクロ王が自ら石を選んだともされるが、詳細な記録は残されておらず、それはアクロ王が記録を消させたからであるともいう。

 そのため、おそらく行われたであろう式典も、記録には何もない。なので、何年のいつ、この石碑が建立されたかは、謎である。

 アクロ王はその生涯を六十二歳で閉じることになるが、彼の死と同時に三つの国の動きは活発になる。

 オルシアスとハッヴァが手を組み、アクロ王亡きエッセルマルクは大陸の国家と結ぼうとする。

 島のありとあらゆる国家、地域が長く続く紛争に疲弊していく。

 三国戦争と呼ばれるこの混乱は、五年で終結し、最後に残ったのはオルシアスであった。オルシアスはハッヴァを併呑し、その後にエッセルマルクを平定し、ここに古くから統一されることのなかった一つの島が、一つの国となった。これ以降、この島はオルシアス島と呼ばれるようになる。

 初代オルシアス統一王は、エッセルマルクの王宮の絢爛豪華であることを、その私的な記録に残している。

 そしてその文書の一部に、中庭にある石碑について触れている。

 何も刻まれていないその石碑を見たとき、言い表せないものを感じた。

 まるで名もないものがそこに宿っているようであり、容易には手が出せぬと直感し、寒気のようなものが背筋を走った。

 オルシアス統一王は、この並び立つ石碑をそのまま後世に残している。



(続く)

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