第46話
◆
ハムジャン遺跡は鬱蒼とした森の中にある遺跡だった。
元は石が積み重ねられて何らかの施設が作られていたのが、長い歳月の中で崩壊し、そのままにされている。
俺はアクロの率いる五〇〇名の先遣隊五十名とともに、そのハムジャン遺跡の地下へ潜っていた。
何らかの祭儀が行われたそこには、巨大な祭壇があり、古代の神の石像の下半身だけが残っている。
聖教会の老尼僧によれば、その祭壇の裏に通路があるという。このことは聖教会に伝わるだけで、実際に祭壇を動かしたものはいないともいう。
兵士が数人がかりで、祭壇を破壊し尽くすと、確かにそこに空洞が見つかった。
松明が用意され、次々と兵士が入っていく。俺はアクロと一緒にそれに続いた。ナルーもだ。
アクロは地下へ向かうと決めた時、俺を奴隷という身分から一時的に解放すると宣言し、地下の異種族との友好のためにそばにいるようにと提案したのだ。
俺は恐縮したが、アクロは気にした様子もなくそばにいるようにとだけ改めて口にした。
ナルーはずっと不安そうにしている。何かが起こると直感的に感じているのだろう。しかし何が起こるかはわからず、誰もそれを彼女に教えることはできない。
俺はアクロとナルーのそばを離れないように地下空洞へ入った。
少し進むと灯りの中に巨大な人間が出現し、兵士が数人、声を上げた。
「構うな、石像だ」
アクロが冷静に言う通り、それが身の丈三メートルの石像だった。それがどうやら等間隔で並んでいるらしい。
「聖教会も、奇特な趣味があったものだ」
そんなことを言うアクロにはどこにも怯えはない。兵士たちはその堂々たる様子に安堵し、確かな足取りで前進していく。
地下遺跡は、俺とナルーが通過したものとはまるで違う。
石像もだが、床にも壁にも天井にも、細かい色の違う石を使って紋様が作られている。絵のようなものも見えた。人同士が争っているようなものだが、光が乏しく、判然としない。
アクロが何度か、後続の隊を呼び寄せる指示を出した時、地下空洞は螺旋を描いて地下へと下り始めた。自然に作られる空洞ではなく、これらは全て、人力で掘られたのか。それとも神とも呼ぶべきものたちが地上にいた時代のものか。
どれくらい降ったか、傾斜がなくなった。石像もなくなる。
不意に兵士が足を止め、悲鳴を上げて尻餅をついた。
俺も気づいていた。
足元に転がっている細い棒のようなもの、何かの破片のようなものは、全てが骨だった。人の骨か、獣の骨かはわからないが、しかしすでに乾ききって、踏んだだけで粉々になる。
「狼狽えるな。我らとは違う目的の、征服者が過去にいただけのこと」
やはりアクロは淡々としている。
ただその奥で、アクロも焦っているように俺は感じた。その焦りが、単純に早く地上に戻りたい、早急にこの問題にかたをつけたい、そういう種類のものなのかは、判然としない。焦り自体が俺が見誤っているかもしれないのだ。
とかく松明の明かりというのは冷静さを失わせるし、正確さもどこかへ押しやってしまう。濃密すぎる闇もまた、人間にとっては恐怖でもあった。例え松明の光があろうと、そこここにわだかまる漆黒は、心に圧力をかける。
後続の隊が追いつき、全部で一五〇名ほどになっただろうか。
前方が落石で行き止まりになっていた。
「どうしたらいいのかな」
アクロが俺の方を見る。例の老婆は体力を理由に同行を拒否していた。ここで最も地下に詳しいのは、ナルーだった。
「ここが、神威の回廊の境界です」
ナルーは淡々と答えた。
「この壁の手前が、人間の世界。この壁の奥が、獣の世界です」
「どうやって通過する。まさか、ここで穴を掘れと?」
「剣を抜けば、解放されるはずです」
ナルーが視線を走らせ、ほとんど同時に俺やアクロもそれに気づいた。
「あれです」
ナルーが言う通り、一振りの剣が地面に突き立っている。埃にまみれ、錆び付いている。今にも折れそうだった。
これが、人の剣、だろうか。
俺が疑ってしまうくらいだから、アクロが疑わないわけがない。
「抜きます」
そういったナルーが、剣の柄に手をかけ、そして俺を見て、アクロを見た。
「争いを収めるために、剣を抜きます。そのことをお忘れなく」
「くどい」
それだけがアクロの返答だった。
俺はただ、頷いてみせた。
ナルーの手に力がこもり、剣があっけないほど簡単に、地面から抜けた。
掲げられた錆びきっている剣が、まるで時間の流れに逆行するように、光を取り戻していく。その刃の白銀の、冴え冴えとした光が周囲を照らし出した。
光は地面に散らばる無数の白骨を浮かび上がらせた。
崩落した岩を前に、兵士たちが声を上げる。
岩に一人でヒビが入り、砕けていき、蒸発するように消えていく。
光が収まったとき、すでにアクロ隊の進出を阻む壁はなくなっていた。
なくなっていたが、そこでは目を疑う光景が展開されていた。
人間の兵士の群れが、一頭の化け物と切り結んでいたのである。
(続く)
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