第42話
◆
トピアは他の二人の長老と協議を重ねていた。
彼女自身、人間とどのように接するべきか、どう共存していくことができるのか、明白な答えは出せなかった。
すでに人も獣も、少なくない数が倒れていた。
その犠牲を無視して手を取り合うことができるとは、とても思えなかった。獣も、人間も。
どうしても考えてしまうのは、千年前の精霊王による調停である。
精霊王は人との獣の住む世界を分断する、その強引な手法で両者の争いを終わらせた。
しかしそれは長い長い時の果てで、形を失い、今、こうして人と獣は剣を交えている。
千年という時間の間に自分たちは何をしていたのか。これもまたトピアが考えることだった。
それだけの時間があれば、何か、もしもに備えた対策が取れたのではないか。人間と接触することの指針の一つでも、定めておくべきだった。
しかし、それができなかったのは、紛れもなく慢心だった。
偉大なる精霊王。その精霊王が世界を分けた以上、もはや人間と獣は、決して交わることはない。精霊王が誤りを犯すはずがなく、また、人間と獣を見捨てることもない。
絶対的存在としての精霊王。
それは勘違いだったのか。
三人の獣の長老の議論は、静かだが、そこに含まれているのは紛れもなく狂気だった。
もはやこの世界は汚され、いずれ獣は数で勝る人間に押しつぶされ、種として滅びる。
それを打破するには、人間と戦い、生きる場所を勝ち取るしかない。
そのために何ができるのか。
最後の一人になるまで戦い続けるために、何ができるのか。
自分が口にする言葉の意味をはっきりと理解したまま、トピアは一つの提案をした。それには二人の長老も黙ったが、その沈黙は思案の色を帯び、やがては熱を含み、最後には共感へと変わった。
「私たちは、矜持を捨てる時です」
トピアは静かな口調でそういった。
「私たちが本当の獣に帰る時が来たのです」
恐ろしいこと、と長老の一人が呟いたが、その言葉には恍惚とした響きもあった。
三人は策を練った。
今、三人の中で合意されたことにはどうしても獣だけでは解決しない要素があった。
人間の力が必要だった。
人間を利用し、人間を滅ぼす。
悪いことではない。
呪うならば、己の愚かさを呪え。
不意にトピアの中に、一人の人間の少年のことが意識に浮かんできた。
スペース。
あの少年は、他の人間とは少し違う。それは何故だろう。奴隷という立場のせいか。それともただの個性の違い、個体差だろうか。
話し合いの結果、三人の長老ともが出向くことになった。今、三人の間で決められたことに反発する獣がいるのは間違いない。しかしその思いを無視してでも行動しなければ、滅びてしまうのだ。
建物の外に出て通りを歩きながら、トピアはまだ考えていた。
滅びてもいいのではないか。何の抵抗もせず、静かに、それぞれがそれぞれの対象に祈りを捧げながら倒れれば、それでいいのではないか。
人間を滅ぼすこと、それが不可能なら一人でも多く倒すこと。
そんなことにどれだけの意味があるのか。
歩いても歩いても、考えても考えても、答えは出なかった。
ある時には破滅を望み、ある時には平穏を望む。一秒一秒、トピアの思考は変わった。
これでは何十年、何百年あっても、自分は答えになどたどり着けないだろう。
自嘲の笑みが口元に浮かびそうになるのをぐっとこらえて、それでもトピアは進み続けた。
やがて前方に爪牙隊の男たちが見えてくる。例の洞窟に通じる通路を封鎖しているのだ。そばに兵ではない獣の姿はなかった。すでに避難しているのだ。
そのことを思うと、胸が痛んだ。
爪牙隊の陣地を抜けるうちに、自然とラックラが横へ並んできた。
「お側につきます」
それだけの短い言葉に、トピアはただ顎を引いて答えた。
隊列を抜け、空間に出た。
洞窟への入り口に盾を並べて構えた、人間の兵士がいる。
こんなに大勢の人間を見るのは初めてだ。
しかし不思議と落ち着いていた。
「代表者と話がしたい!」
トピアは声を発した。初めて発するような声量に、無意識に喉が震えそうになった。
「代表者はどなたですか! 話し合いましょう!」
人間の兵士たちは動きらしい動きをしなかった。
待つ時間が続いた。
そうして不意に盾の列が動くと、一人の若い男が進み出てきた。
(続く)
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