第39話


      ◆


 受け止めろ!

 エクラが声を張り上げる。

 陣形を組んでいる兵士二十名が一塊になり、それぞれに盾を構えて奇妙な男たちの突撃を受け止めた。

 敵である男たちは、揃って体が巨大で剛力だ。武器は幅広の剣で、頑丈そうである。

 しかしエクラの部下である男たちも負けてはいなかった。

 壁のように盾を並べ、敵の圧力に一時は足を滑らせて押し込まれても、最後には止める。

 押し返せ!

 兵士が一斉に盾で押し返し、空間ができると盾の隙間から槍を突き出す。切っ先が耳の生えている男たちの足や胴、首を貫く。

 悲鳴と怒声、罵声が折り重なる。

 こうして繰り返し繰り返し、突撃を受け止め、押し返し、犠牲を強要し、また受け止める、という光景が展開された。

 もちろん、その間に人間が倒れないわけではない。防御を押し切られ、体を刃で二つに引き裂かれたものもいれば、刃が潰れた剣の一撃で頭が粉砕されるものもいた。槍で貫かれたり、それで動きが鈍ったところを突進に巻き込まれ、押しつぶされたものもいる。

 犠牲は次々と増えていく。

 エクラは声を張り上げ続ける。人間はこの場にはまだ八十人しかおらず。犠牲者は二十名を超えている。看過できない損耗だが、敵も同数程度が倒れている。

 どちらからともなく後退したのは、明かりが陰ってきた頃で、エクラには想像もつかない鉱物が、この地下世界を照らしているようだ。最も明るいときなど、屋外のように明るいのである。

 人間の兵士は即席の陣地へ戻り、休息を取る。

 エクラが指揮する形になったのは、元々の五十人隊の隊長が負傷したからで、彼は散々な苦労の末、ロープに結び付けられて頭上の割れ目から後方へ送られた。それ以降はエクラが指揮官である。

 陣地にいたところで、敵が闇の中で攻めてこない理由はない。残存兵力は五十三名。仕方なく半分に割り、夜間は交代で休ませるしかない。本当は三班に分けたかったが、それでは数が少なすぎた。

「奴らはなんなのですか、隊長」

 元の五十人隊の副長だった男が、水を飲んでいるエクラに声をかけてきた。

「知らん。地底に人が住んでいるというのは、絵空事、物語の中だけのことだと思っていたが、違うのかもしれん」

「物語が現実になったかと思うと、自分の頭がおかしくなった気もしますが、これは現実ですかね」

「現実かどうかなど、大した問題じゃないさ。生きていれば現実、死ねば夢、それくらいの気持ちでいろ」

 その日の夜遅くにあたる時間、松明をいくつも用意して増援部隊がやってきた。

 しかし数は本隊に打診していた数の三分の一である一〇〇名だった。一〇〇名でも現存兵力の二倍に当たるが、エクラは不満だった。率いてきたのは百人隊の隊長で、老境に差し掛かった男だ。粘り強さに定評があり、その評判はエクラも聞いていた。

「アクロ様が、二〇〇は待機せよ、と伝えて参りました」

「何? 兄上が? なぜ?」

「わかりませぬ、エクラ様。我々はここにいるものの犠牲をできるだけ減らすように、そう伝えられています」

 エクラには何もわからなかった。

 犠牲をできるだけ減らすなら、撤退するしかない。苦労どころではなく困難な事態になるが、実際的には撤退するならするだろう。しかしアクロは撤退せよとは言っていない。

 まさかここで膠着状態を作れというのか。それでどうなる?

 犠牲が増える。無駄な犠牲だ。

 エクラは松明の明かりの中で、状況を理解しようとした。

 戦うべきだ。しかし兄はそれを認めないのか。認めないなら、ここに何故、一〇〇名を送ったか。どうして二〇〇を待機させたのか。

「明日には」

 エクラは百人隊の隊長の肩を叩いた。

「ここから出よう」

「出る? 撤退ですかな」

「いや、こことどこかを通じる通路のようなところを制圧する。今、敵はそこに拠っているが、空間は限られる。数は問題にならないだろう」

 ぎらりと百人隊長の目が光った。

「大勢が死にますな、敵も、味方も」

 この時に作用したのは、地上における人間たちの発想であった。

 一つの島を三つの勢力が分割するという形が長く続いたため、人の犠牲、戦死というものに対する価値観は荒みきっていた。

 さらに言えば、この隊長が率いる一〇〇人のうちの半数は奴隷上がりのもので、経験こそ積んでいるが、もし戦死してもその時は奴隷をまた集めればいいという見方ができた。

 奴隷は勝利のためにいくらでも犠牲にできるという非情さ、残酷さが、奴隷を支配する者の中には、非情とも残酷とも認識されないまま深く根を張っていたのである。

 こうして数時間後の激戦は約束された。

 百人隊長が部下に休むように指示した。彼らは心中で、次の夜を自分が迎えられるか、考えざるをえなかった。

 考えて絶望したとしても、彼らは眠った。

 万全の状態になれば、絶望を拒絶できるかもしれない、という淡い期待が、彼らを眠らせた。



(続く)

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