第37話
◆
スペースとナルーが地上へ向かうのと入れ違うように、スペースが生活した洞窟で動きがあった。
そこでは爪牙隊の男たちが緊張感を保ったまま見張りを続けていた。
不意に、天井の亀裂から何かが落ちてきた。それに気づかない爪牙隊の男はおらず、見張っていた五人は即座に抜剣し、事態に備えた。
落ちたものは、何かの束に見えた。木か草。一目、そう見えた。
しかしそれには火が付いていた。油を染みこませたために、川面に落ちても消えることはない。
問題はその枯れ草の束からもうもうと立ち上がった煙である。
爪牙隊に男たちは瞬間、浮き足立ったが、すぐに冷静さを取り戻した。
煙は高い方へ上がるもので、天井の割れ目に誰がいるにせよ、煙は彼らの方に最終的には流れていくのが絶対だった。
そのため、爪牙隊の面々は、一応の視界が確保される位置に後退し、次の展開に備えたのは全く自然である。
これがきわどいところで、爪牙隊の失態となった。
立ち込める煙の中で、次々とロープが落とされ、口元を布で覆った男たちがそれを伝って洞窟に降り立った。最初の一隊だけで二十人である。
全員がともに軽装だったが、武装している。
陣地が組まれ、掛け声をが交錯すると、彼ら二十人は爪牙隊の男たちに向かって柄の短い槍の穂先を並べて突撃した。煙幕と奇襲、これは乱戦に持ち込むことによって勝機を見出すのと同時に、後続の隊の安全を確保するためである。
これにはさすがに爪牙隊も面食らった。彼らからすればいるはずのない人間が、突如、煙の中から出現しているのだ。そして数は、実際以上に多数に見えた。
爪牙隊は応戦したが、後退を余儀なくされた。この時には見張り以外の洞窟に詰めていた全員が剣を抜いていたが、煙のせいで実際を把握するのは即座には困難だった。
人間の側としても、煙は好ましくない。敵味方の判別が困難になる上、何より、決定的な問題として上の割れ目に煙が流れた時、後続がその煙に巻かれてしまう。
一時凌ぎの煙幕は、人間の側に絶対的有利を保証したわけではなかった。
ただこの時ばかりは圧倒的な有利を生み出し、爪牙隊は一度、洞窟を放棄して狭い通路に防御陣地を構築した。人どころか、ネズミの一匹も通れないような念の入れようだったが、これはやや的外れである。
人間たち、アガロン騎士家の兵士と奴隷たちは、最初の二十名で安全が確保されると、それを維持しながら後続を待ち、後に続く男たちと一緒に資材が洞窟に放り込まれた。
これは地下探索ために計画され、用意されたもので、すでに細工が終わった資材は組み立ててれば様々なものを容易に立ち上げることができた。
後続の隊は二十名で、総勢四十名が、キビキビと洞窟に防御のための拠点を構築した。
頭上からは荷物が下され、それはほとんどが食料だった。水もある。さすがに地下にある水をそのまま飲もうとも、それ以前に飲めるとも早合点しなかったのだ。
いくつかの資材や物資は人間が名前を知るはずもない川に流されていったが、やはり人間はそれがどこへ通じるかを知らない。
この時に考えるべき第一は、自分たちが安心できる拠点を、この正体不明の地下空間と、そこに巣食う謎の存在の目と鼻の先に作ることだった。地下は彼らにとって純粋な未知の土地であり、純粋な敵地であり、緊張を解いて休むことさえもままならないのである。
その点では、スペースという少年はやや不自然だったと言える。彼は地下空間を未知としながらも深く考えず、獣を異種族としながら、敵とは見なかった。
スペースの存在、思考や発想が獣を統べるトピアたちの判断を誤らせた面は間違いなくあった。
人間とは伝承よりも温厚だと、トピアたちは思ったのである。
こうして最初の侵攻部隊は地下の一角に確かな占領地帯を作った。
エクラは安全が確保された後に悠々と降りてくると、兵士たちが検分している敵の死体というものを観察した。
人間、それも体格のいい人間に見える。
しかし、動物のような耳があり、尻尾もある。
異質な、本能的な恐怖を催すような生物であった。
しかしエクラが考えたのは、そのおぞましさよりも、敵がいる、という単純なことだったのを周りの者たちは知らない。
エクラは敵がいること、つまり、武勲をあげられる、ということを考えたのだった。
(続く)
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