第33話

     ◆


 俺とナルーがついに一番高い位置にたどり着いた。

 周囲は真っ暗なのだが、ナルーが持参した例の光を発する石が明かりとなり、周囲の様子はわかる。

 広い空間ではないが、しかし行く手は塞がれている。

 巨大すぎるほどの岩が崩落しているのだ。

「この辺りが動かせそうだけど」

 明かりを俺に渡して、周囲を入念に確認していたナルーが、しばらくしてそう言ったので、俺もそちらへ上がっていった。岩から岩へ取り付いていくのは意外に難しく、少しナルーを待たせることになった。やはりナルーが身軽だし、身体能力が高い。

 やっと俺が並ぶと、通路を塞ぐ大量の落石のその最後あたりに落ちただろう岩を、ナルーがつぶさに観察しているのがわかった。しかしそれだけでも身の丈ほどの大きさがあるし、重さはとんでもないだろう。

 とても動かせるわけがない。

 しかし、事情はちょっと異なる。

 最初の打ち合わせの段階で、大地震でこの遺跡への道筋が自然発生した時、獣たちは意図的にこの遺跡を封鎖したのだという。それがこの落石の一部であり、もともと大地震で崩れて埋まりかかっていたところへ、容易に出入りできないように蓋をしたということだった。

 俺は周囲を確認するが、どの岩も大きすぎるほどで、どれ一つとして容易には動かせないだろうのは疑いようがない。

 それを、ナルーなら動かせる、と聞いている。

 聞いているけど、人の背丈の岩という重すぎるものを、どう動かすのか。

「じゃ、やりましょうか」

 腰に吊るしていた荷物を外し、そっと別の岩に置くと、ナルーが深呼吸し始めた。

 俺は見ているしかない。

 彼女の体が一度、ブルリと震えたように見えた。

 シィーと音がして、それはナルーの口から漏れているようだ。

 何かが変わった、と思った時、ナルーの体がひとまわり大きくなった。

 驚く俺の前で、岩に手をかけてナルーが力を込め始める。

 まさか、そのまま岩を動かすのか。馬鹿な。

 しかし岩同士がこすれる音がし始め、確かに岩は動き出した。

 ナルーが力んでいるその気配には、圧迫感さえあった。

 唸り声の中で確実に巨大すぎる岩はズルズルと滑っていく。

 信じられない光景だ。人間にはとても発揮できない膂力を、目の前の少女は確かに発揮していた。

 明かりの中で瞳が金色に輝き、口元では噛み締められた白い歯がはっきりと見えるが、犬歯が大きくせり出ししている。それ以前に、ナルーの両手両足の膨らみ方は異様である。普段からゆったりとした着物を着ていたが、今はそれがはち切れんばかりになっている。

 普通の状態じゃない。

 まるでナルーが別の生物になってしまったようだった。

 俺はどれくらいの時間、それを見ていただろうか。

 大きすぎるほど大きな岩が、一人の少女の渾身の力で確かに動き、今、そこには人が一人、通り抜けられそうな隙間ができている。

 細く息を吐きながら、ナルーが岩からそっと手を離した。

 不意にその体がよろめいて、立っている岩から落ちそうになるのを俺は慌てて支えた。

 手にあった感触は、ガチガチに硬くなっている筋肉のそれで、ただ少しずつ柔らかさを取り戻していく。ナルーの目の発光も消え、犬歯も元へ戻って行った。

「ちゃんと動いている? 通れる?」

 そっと座らせたが、ナルーは成果が気になるようだ。それもそうか、これだけのことをやって無駄になるのは辛いだろうし。

 俺はそっと岩が動いてできた隙間の奥を覗き込んだ。

 広い空間がありそうだ、どうやらちゃんと通路はできたらしい。

 ナルーを振り返って頷いて見せると、「良かったー」と彼女は岩の上に寝そべった。その体格もいつも通りの華奢なそれに戻っている。

「ちょっと休憩ね」

 そんな言葉が聞こえ、俺は黙ってナルーのそばへ戻った。

 気まずい沈黙を破ったのは、ナルーだった。

「怖かった? 怖かったよね?」

 俺はすぐには答えず、ただ言い訳のように「凄かった」と答えたのだった。

 ナルーの呼吸は、まだ激しく乱れていた。



(続く)

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