第28話
◆
思わぬ展開で、俺は街に再び入ることになった。
それも明かりを放つ石が一番強い光を発する、いわば地下世界の真昼にだ。
俺は爪牙隊の男たち六人に囲まれ、しかし手かせも足かせもなく、自分の足で歩いた。
それは例えば囚人の護送のようにも見えたが、一方では賓客を護衛するようにも見えただろう。
俺の服装は地下のそれで、頭に耳がなく腰に尻尾がない以外は、他の獣たちと変わりはない。
それでも通りを進む間、周囲には獣たちの姿が無数にあり、注目の的となった。
獣の街は夜に忍び込んだ時よりはるかに賑やかで、活気があった。狭い世界だが、その辺りは人間と変わらないのかもしれない。服装も様々だし、髪の色、瞳の色、それらもまた様々に違い、よく見れば耳の形状にも個体差があるとわかる。
異世界らしくない異世界の短い大通りの終着は、ひときわ大きい建物で、他の建物と同様に石で作られているが、この建物だけは表面が磨かれて光っている石が使われている。それだけでも特別な場所だとわかる。
爪牙隊の男たちは入り口まではついてきたが、中に入ったのは俺とラックラだけだった。
建物の中は薄暗く、香のようなものが焚かれているようで、独特の匂いが空気に混ざっている。
内部は普通の家屋のそれではなく、円形の空間がそこにあり、見たところ、三人の人物が向かい合うように壁ぎわに座っている。三人を結べば正三角形ができるような位置だ。
三人の真ん中で、ラックラが三方へ拝礼したけど、俺はそういう作法を知らないので、とりあえず直立しておいた。
「あなたがスペースさんですね」
声をかけてきたのは、右手にいる人物で、光量が乏しいが、声は女性のそれである。
「はい、そうです」
はっきりと答えて、そちらに向き直る。
やはり相手は見えないが、瞳が光を反射するのは見えた。
「あなたは何をしにこの世界へ来たのですか」
奇妙な質問だった。
しかしそれは、ナルーを通じて伝わっただろう情報がここにいる獣に承認されている、という前提があるから奇妙なだけか。ここにいる三人は改めて、俺に訊ねているのだ。
本当のことを知ろうという姿勢は、重要だった。
たった今、まさに人間と獣の間には、お互いを理解し、尊重するということが最も重要になっている。
俺はできるだけ伝わりやすい言葉を選んだ。
「俺は元は、兵士です。奴隷という立場で、戦場にかり出されました。戦闘の最中、地面が唐突に割れて、そこに出来た大地の裂け目に、俺は落ちました。後のことは曖昧ですが、水の中に沈み、気づくのあの洞窟の中にいました」
「では、地下世界へ来たのは、全くの偶然だと?」
「俺は地下に別の世界があるとは、考えもしませんでした」
「人間は私たちの存在をすっかり忘れている、ということ?」
「人間たちの中にも様々な伝承があります。その中では、獣人という表現であなたたちとの長い戦争について伝えるものもあります。お伽噺として、俺も聞いたことがあったくらいです」
俺が口を閉じると、沈黙がやってきた。
誰もが無言でいる。この薄暗さでは、視線での意思疎通もできないだろう。
「つまりあなたは、何かを調べるでもなく、事故でこの世界へやってきたと」
別の一人の発言に、俺は今度はそちらへ向き直った。
「今、言ったことが全てです。俺は何も知らなかったし、ここへ落ちてきたのも偶然です。そもそも、地面が割れた後、よく死ぬことなく生命の川まで落ちることができたものだと、感心するほどです」
そうですか、と返事があったが、皮肉るようでもなく、嘲るようでもなく、深い思慮のようなものが感じられた。
またも沈黙。
しかし今度は短かった。
「人間たちと、争うべきではありません」
その声には、聞き覚えがあった。
今まで発言しなかった三人目は、トピアだった。
「数とか技術とか、そういうことではありません。争いそのものは、かつて精霊王によって禁じられたこと。よって我々は、人間一人の命を償う方法を模索し、同時に、何らかの形で人間との間に新しい関係を築かねばなりません」
「しかし、トピア様」
別の一人が反論した。
「人間が我々を受け入れるでしょうか。何か、もう一度、お互いの領域を区切り直すべきではないですか」
「あの亀裂を埋めるとしても、すぐにとはいきません。それに人間はあの亀裂の存在をすでに知っています。何か、妙案はありますか、誰か」
今度も沈黙。
トピアが淡々とした声で「ラックラ、スペースさん、退室してください。対応はすぐに決まります。しばらく控えて」
ラックラが一礼し、出て行こうとする。俺も頭を下げて、後に続いた。
いったい、どんな対応をするというのだろう。
(続く)
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