第26話

      ◆


 爪牙隊の名前は何度かナルーから聞いていたけど、意外に立派なものだった。

 獣の特徴である耳のせいか、冑は被っていないし、鎧も最小限だ。しかし頼りないところは少しもない。体は引き締まり、みな精悍な顔つきをしている。

 双眸には強い意思が見え隠れした。

 武器としては腰には剣があり、これはナルーが持っていたものと同じように幅が広く、あの時の剣より刃渡りがある。そして全員が槍を持っていた。長柄に片刃が取り付けられていて、その刃の部分が大ぶりなので重そうに見えた。

 そんな男たちが総勢で二十名ほど、俺が生活していた洞窟に集結していて、半日で交代していく。何気なく顔を確認していたが、二十人を一班として、それが五班でローテーションを組んでいる。しかし爪牙隊の総数が百名ということはないだろう。

 俺が何をしているかといえば、もし頭上の裂け目から人間が降りてきたら、交渉するために待機しているという形だった。

 結局、牢にも街にも行けなかったことになる。

 地上での戦闘がどうなったのか、俺は少しも知らない。

 あの俺が見た最後の局面では、エッセルマルク軍がオルシアス軍を押し込んでいたから、あのまま行けばエッセルマルク軍が勝利しただろう。

 しかし、万が一、エッセルマルク軍が敗北し、オルシアス軍がイナンホテプの平地を占領していたりすれば、これから地下世界へやってくるのはオルシアス軍になるだろう。

 三国が勢力を争う島は、訛りこそあるものの、言語は統一されている。だからオルシアス軍の誰かしらが降りてきても、言語の壁に阻まれることはない。それを言ったら獣たちもほとんど同じ言語を使うので、交渉には言語は影響しないだろうが、一応、獣より人間である俺が間に立った方がよかろう、というのが獣たちの判断である。

 ただ、オルシアス軍がやってくると俺は敵対する国の人間で、しかも奴隷だ。

 交渉は困難だが、獣よりはマシ、とするしかない。

 洞窟で爪牙隊が設営を終えるまで、俺はユッカムとともに頭上を見ていたのだが、あれから小石は少しも落ちてこず、声が聞こえたとトピアの護衛が言っていたのは聞き間違えではないかと思うほど、静寂しかそこにはなかった。

 はるか高い位置に光の点は見える。

 時折、その光点が明滅するのが俺には不安に感じられた。ユッカムは肩をすくめただけで、無言だったけど、きっと俺と同じ心情だっただろう。

 爪牙隊の一班二十人は、その班の中でやはり順番を決め、交代で頭上の光点を見張り始めた。そうなったら俺は本当にやることはなく、洞窟の中だけとはいえ自由にされていたので、爪牙隊の男たちと意思疎通を試みることになった。

 ほとんど暇つぶしだし、獣の男たちは総じて、人間というものを好意的に見ようとはしない。

 最初こそ疑問だったが、少しずつわかってきた。

 遥か大昔から伝わる伝承で、少なくとも俺が知っている伝承では、人間と獣は激しく争っていた。それはもう過去のものとなったが、爪牙隊とはおそらく人間が万が一、攻めてきた時に防衛を担う部隊なんだろう。そうでなければ、時が来たら人間世界に攻めていく部隊であるとなる。地下世界には彼らが争う相手がいない以上、武装する理由、敵がいるという状況の発生には、必ず人間が関与するはずだ。

 だから爪牙隊の男たちが、俺を邪険にして、蔑視というか敵視するのは自然なのだ。

 彼らの敵になるはずの存在のはぐれもの、が俺の立場だった。

 それでも話しかけるのを続け、無視されたり追い払われるのを受け流しているうちに、一人、二人と俺の言葉に返事をするようになり、爪牙隊が見張りを始めて二週間も経つと、俺は一部の男たちとはだいぶ親しくなれた。

 そうなってみると俺の想像はおおよそ正しく、爪牙隊は人間の侵攻を防ぐために組織され、人間に対するために武術を磨き、訓練を積むということだが判明した。

 人間が獣のことなど何も覚えていないのに、獣は常に人間を意識していたのだ。

 爪牙隊の男の中には、人間はどのような武器を使うのか、どのような戦法を使うのか、ということを訊ねてくるものもいて、俺は知っている限りを話した。別に秘密にしても仕方ない。

 というより、地下世界に人間の大軍が押し寄せることは、物理的に不可能だった。俺が知る限り、地上と地下を結ぶ道筋は俺たちがいる洞窟の頭上の亀裂だけで、簡単には大勢の人間を送り込めない。一度に二、三人だろうし、どれだけ一斉に隊を送り込んでも五十名程度ではないか。しかも洞窟が狭いため、五十名がいたとしても、爪牙隊の二十名で対応できると思われた。七十名もがひしめき合うには窮屈すぎるのが洞窟の大きさである。

 俺に人間の兵隊のことを聞いてくる爪牙隊の男たちは、真剣に聞いているものの、それほど危機感はないようだ。その辺りは俺と同じ認識で、二十名で対処可能と見ていると思われた。

 慢心ではないのは、俺の観察でもわかる。爪牙隊の男たちが質の高い兵士なのは自明である。

 そんな風にして、まず俺が獣たちと信頼関係を築くのに十分な二週間という時間は、あっという間に過ぎていった。

 それが起こったのは、爪牙隊が洞窟に詰めてさらに二週間が過ぎた日で、普段と何も変わらないと思われた。

 しかし静寂の中で、勢いよく滑り落ちてきた小石の群れが生命の川の水面を連続して打って、激しく乱した。

 その時、事態は新しい展開を迎えたのだった。



(続く)

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