第24話
◆
アクロは報告に来た奴隷頭の言葉に目を細めた。
「さらなる亀裂?」
報告によれば、イナンホテプにできた地割れの奥へ潜っていくと、大量の死体があり、それはとりあえず大地震の直後に戦闘の最中で落下した、敵味方それぞれの兵士だという。
数は数百で、折り重なっている。落下による衝撃で死んだり、仮に墜落で死ななくても上から落ちてきた別の兵士なりで圧迫死したようだとのことだった。それでも即死していなかったものもいたらしいが、すでに飢えと渇きで命を落としていた。
大地震からすでに一ヶ月が過ぎようとしているのだから、こればっかりはどうしようもない。
それよりも興味を引かれた報告は、巨大な地割れの亀裂の奥に、さらに亀裂があり、より深くまで続いているようだというものだ。
「そこまでの深さはどれほどだ?」
「百メートルほどです。落下したものが無数に倒れているところより、さらに七十メートルは下なのですが」
奴隷頭の言葉に、アクロは思案を巡らせた。
三十メートルで裂け目の幅は一段、狭くなっている、か。
それから七十メートル下までは、とりあえずは降りられるとして、それより下にさらに続いている空間には報告の様子では絶対に入れないようではない。
「さらに下というのは、どれほど続くと思う?」
アクロがそう確認するのに、奴隷頭は恐縮しながら一段と深く頭を下げた。
「石を落としてみましたが、何も聞こえなくなります。相当な深さがあるのではないかと存じます」
「推測でいい。どれほどだと思う?」
「数百はあるのでは」
その言葉を聞いて、アクロはありったけのロープをかき集め、奥へ降りる準備をするように指示した。
場所はまだイナンホテプの陣地で、すでにオルシアス軍は押し返され、元の国境線でにらみ合いになっているので、イナンホテプに陣を張る理由は軍事的には存在しない。あるのは、地面の巨大な亀裂に調査する、という理由だった。
奴隷頭を下がらせてから、アクロは陣に滞在している聖教会の老婆を呼びつけた。老婆はかくしゃくとした足取りでやってくると、アクロが奴隷頭から聞いた言葉を要約して伝えるのに、目をぎらりと光らせた。
「おやめなさい。地下に手を出してはなりませぬ」
「ただの亀裂だろう。あるいは何か、金脈、銀脈が眠っているかもしれない。鉄でもいい」
「いいえ、なりませぬ。地下に通じる道筋に、不用意に手を出しては、精霊王による罰が待っているでしょう」
「精霊王。それはどこにいるのだ?」
信仰を真っ向から否定する言葉だったが、老婆は全く動じなかった。興奮するでもなく、狼狽するでもなく、ビクともせずに言葉を返した。
「精霊王は誰もの内に存在するのです。騎士様の内にも、私めの内にも」
これ以上の問答は無用と考え、アクロは老婆を下がらせた。一応、伝えたのだ。聖教会を無視する形だが。
幕舎の中に一人になり、片手に水の入ったグラスを持ったまま、彼はじっと動かなくなった。
体は停止していても、思考はめまぐるしく様々な可能性を検討した。それは亀裂の奥が行き止まりという可能性や、逆に深すぎて探索不可能という可能性も含めた、ありとあらゆる展開を想定していた。
何にせよ、やはり潜らなければならないだろう。
鉱脈が見つかったところで、アクロが潤うことはほとんどない。イナンホテプは彼の領地ではないし、巨大な財になる鉱脈となれば、エッセルマルクの持ち物となるのは必定だ。
とにかくロープだ。鎖でもいい。
グラスの中の水を飲み干すと、アクロはやおら椅子から立ち上がり、外へ向かった。
幕舎の外は夏の盛りで、不意に幕舎の中の熱気が理解された。外気のほうが涼しく、また風が吹いていた。
陣の空気が弛緩しているのに舌打ちをして、アクロは幕舎の外に控えさせていた従者に指示を飛ばした。
割れ目は探索せねばならない、と彼は心を決めていた。
(続く)
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