第21話


      ◆


 ナルーと街を見物した翌日、なんでもないようにナルーはまたやってきて、俺に稽古をつけた。

 のだが、昼休みにする寸前に、大柄な人物がやってきた。

 俺とナルーが間合いを取り、そちらを見た時、俺は相手が誰か見当がついて、同様のナルーは動きが途端にぎこちなくなった。

「人間に剣術を仕込んでいるのか、ナルー」

 重く響く声は威厳に満ちている。そして聞き覚えがあった。

 間違いなく昨夜の、あの巨大樹の下で声をかけてきた人物だった。

 こうして明かりの下で見ると、精悍な顔つきをしていて、体が大きいのに鈍重な感じは少しもしない。力強さと俊敏さが両立されているのが、少しの身のこなしでもわかる。地上で言えば、武闘派の貴族か、その側近にいそうなタイプだ。戦場で力を発揮する類の才能の持ち主。

 俺はどうするべきか、瞬時に考えを巡らせて、抜き身のまま持っていた剣を鞘に収め、鞘ごと腰から抜くとそっと地面に置き、するすると距離を取った。男と俺の間に剣が置かれている、という形になる。

「意外に殊勝な態度をとるものだな」

 男が笑いながら歩み寄ってきて、俺が手放した剣を回収した。

 敵意も害意もない、という意思表示は通じたようだ。ほっとする。この男性と本気でやりあいたいとはとても思えない。彼の腰には長い刃の剣があるが、それを抜かなくても俺を無力化できただろう。

 男性がナルーの方へ向き直る。ナルーもすでに剣を鞘に戻していたが、表情には戸惑いがあった。

 なぜ彼がここにいるのか、ここに来たのか、それは昨夜の一件で説明できても、誰の指示できているのか、ということを想像しているんだろう。俺もそこは謎だった。トピア、ではないとすると結局は男性自身の意志だろうか。

「ナルー、見張りを欺くのはやめた方がいい」

 深みのある声に、ナルーがそれだけで恐縮する。

「剣術の稽古に関しては、トピアから話が来て私も許したが、さすがに人間を街に連れて行くのは誰も許していない。わかっているな?」

「は、はい、ラックラさん、わかりました」

「本当にわかっているか?」

「わかってます!」

 直立し、腰を直角になるほど曲げて頭を下げる少女に、鷹揚に頷いてから、男性が俺の方に向き直った。

「私はラックラというものだ。人間というのは初めて見るが、意外に華奢なものだな」

 気楽に話しかけてもらえるのはありがたいし、その友好的な気配もありがたいのだけど、さすがに俺も威圧感に打たれてうまく言葉を口にできなかった。

「俺は、その、たいして立派な人間ではなくて」

「何歳だ? 人間というのは短命だと聞くが」

「十五です」

 ラックラが目を見開いた。瞠目という言葉がぴったりだ。

「十五歳だというのか? まだ子供ではないか」

 ……獣が何歳までを子供と見るかは知らないけど、確かに子供だ。

「報告では兵士だったと聞いているが、人間は子供を戦場へ送り出すのか? 情というものを持ち合わせていないのか?」

 ……十五歳というのは幼すぎる、ということかな。

 念のために補足しよう。

「人間の十五歳は、青年の手前のようなもの、です」

 今度は疑問に満ちた表情になり、ラックラが目を細める。表情が意外に忙しい人だ。

「青年の手前。つまり人間は二十程度が一番、力が出るというのか?」

「ええ、まあ、そうですね」

「信じられん。二十など、若造ではないか」

 ……人間と獣を同列に比べられても困る。

 しばらく俺の体を眺め回していたラックラが、一度、咳払いをする。

「それで、ここにいるのはきみだけなんだな、えっと、名前は」

「スペースです」

「スペース。きみ一人だけか? ここへ落ちてきたのは?」

「そうです」

 答えながら、心の片隅にずっとある疑問、一緒に落ちた仲間はどうなったのか、ということが強く意識された。頭上の裂け目のどこかに引っかかっているとして、すでに生きていないだろう。

 俺は幸運だった。

 最高に幸運ではないとしても、死なない程度には幸運だった、としておこう。

 ラックラが諭すように喋り始めた。

「スペース。ここを抜け出して街へ行くことは許可できない。我々の結論としては、きみは不規則な存在として、しばらくはここに留め置かれるが、そのあとは牢のようなところへ送られる。実はな、この空間を調べなくてはならん。そのためにきみを他所へ移す」

「調べる?」

「地上と通じていることを、確認しないといけない。我々は地上との接触を一切、絶っている。出て行こうと思うものはいないが、入ってこようとするものはいるかもしれない。それを防がなくてはならない」

 つまりラックラは、というか、獣たちをまとめている立場にいるものは、俺が落ちてきたのと同じ道筋で地上の人間が地下世界へやってくる、そういう想定をしているのか。

 何気なく頭上を改めて見てしまった。

 パックリとした裂け目がそこにあった。

「牢といっても、狭苦しくはない。快適だと思うぞ」

 ちょっとすぐには意味のわからないことをラックラが言ったが、俺はどうとも返答できなかった。

 ここが閉ざされれば、俺は地上へ戻れないのは絶対だ。

 いよいよ、地下世界で生きる覚悟を決めなくてはいけないようだ。

 しかし、どんな生活が待っているんだろう?

 牢か……。



(続く)

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