第15話

     ◆


 ナルーはなかなか厳しい教師だった。

 俺に袖と裾が半分しかない服を与え、超実戦的に剣術をぶつけてきた。

 お互いに真剣を抜いて、俺が斬りかかるのにナルーは反撃する。

 俺の剣はナルーに触れることなく、ナルーの剣は俺の腕や足の皮膚を薄く切っていく。

 圧倒的と言っていい実力差がなせる技だった。

「こんな簡単なやり取りもできないわけ?」

 稽古の最中に向けられたその言葉は、嘲笑うような言葉の内容だが、口調は全くの呆れのそれだ。

 俺自身も、自分に呆れている。

 手も足も出ないとはまさにこのことで、かすり傷さえ負わせられない。

 半日に一度の休息があって、その時に腕や足、それ以外の傷口に川の水をかける。

 するとみるみるうちに切り傷が塞がっていき、何も無くなってしまう。その光景は神秘的と言ってもいいかもしれないが、やはりどこか不気味だった。

 食事の間も、ナルーは嬉しそうに剣術のなんたるかを説明してくる。

 聞き流したところだけどあまりにナルーの技が見事なので、俺としては彼女の技術の一端でも身につけたい思いで、彼女の話に耳を傾けることにした。

 剣を振る速度は、腕力だけではなく、振り回す力も活用する。そのためには手首、肘、肩の関節の使い方に加えて両足の運びから腰の捻りも利用して、全身で剣を繰り出すのが有効らしい。

 言葉で説明されてもわからないが、ナルーの剣はとにかく早く、そして足運びも姿勢も止まることがないのは事実だ。

「体力がないときついけど、とにかく動き続けるのがいい、と私は教わったの。結構、苦労したけどね、ここまでくるのに」

 苦労した、というが、口調はあっけらかんとして明るく、どれくらいの苦労か、想像できない俺だった。

 ともかく、こうして数日の間、俺は全身を傷だらけにされ、奇妙な水でそれは綺麗にぬぐい去られ、また傷だらけになり、癒し、それを繰り返した。

 剣はナルーが持ってきてくれたものを使っていて、一人の時にも訓練をしたいのだが、ナルーは一日の稽古が終わるとちゃんと回収していく。忘れることはない。

 あるときの帰りがけに、俺の視線に含まれる感情を察知したようで、釘を刺された。

「あなたに武器を与えておくことは許されていないの。私が意地悪しているわけじゃないからね。稽古したいようだけど、決まりは決まりだし、私がまた明日、ちゃんと相手をしてあげるから。だからそんな顔しないでね」

 俺はいったい、どんな顔をしていたんだろう……。

 俺とナルーは飽きることなく、剣を交わし続けた。

 ナルーはただの楽しみ以上のものはなかったかもしれないが、俺はきっと、不安だったんだと思う。

 このまま地下に閉じ込められて、どこへも行けず、何もできず、飼い殺しのようにされるのかと思うと、どうしようもなく重く、黒い、扱いきれない不安が押し寄せてくる。

 もちろん、剣術を身につけたところで何かが変わるわけではない。剣術で地上へ脱出できるわけでもない。仮に俺が剣術を身につけたところで、ナルーはともかく、トピアが俺を認めるとも思えないし、他にも数え切れなくいると思われる獣たちが、俺を迎え入れてくれる未来も想像できなかった。

 やることがない、ということと、何をやっても意味がない、というのは、似ているようでどこか違う。

 前者にはまだ何かが残され、後者には何も残されていない。

 俺には何ができるのか。

 何をしたらいいのか。

 考えながら剣を振り続けた。

 考えるために、剣を振り続けた。

 どれくらいの時間が過ぎただろう。

 その日もやはり、ナルーと剣を交わしていた。

 体が急に軽くなり、俺は自然と剣を繰り出していた。

 パッと、不意にナルーが大きく距離をとり、自分の手首のあたりを覗き込むようにしてみた時、そこから赤い液体が一筋、滴った。

「信じられない……」

 そう言ったのはナルーで、しかし俺ももし言葉が口から出るなら、そう言えただろう。

 俺は茫然自失だった。

 ナルーに一撃をかすめさせた興奮が爆発しそうなのに、女の子を傷つけてしまったことで狼狽もして、血の気が引いていた。相反する心理が心の中でぶつかり、結局、言葉が出なかった。



(続く)

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