第12話
◆
何を言えばいいか、どこまで言えばいいか、言えるのか、すぐには判断がつきかねた。
「地上は、三つの国がある。エッセルマルク、オルシアス、ハッヴァの三つだよ。で、俺はエッセルマルクの一員。奴隷だけど、国は国だ」
「それで?」
「エッセルマルクに、オルシアスの軍隊が侵入してきた。全部で多く見積もって五〇〇〇くらいかな」
「五〇〇〇!」
素っ頓狂な声が響き渡り、岩と岩の間で跳ね回った。
「そんなに驚くところかな」
「地下にいる獣は、全部で一〇〇〇ってものだから、五〇〇〇って、しかもそれ、兵士なんでしょ? 他に普通の生活をしている人とか、上に立つ人とか、そういう人がもっといっぱいいるってこと?」
そうか、地上を知らないと、そういう疑問が湧くらしい。
「もちろん、兵士じゃない人が大勢いる。奥さんもいれば子供もいるし、親もいるし、兵士になる人間なんて全体の十分の一くらいじゃないかな。よく知らないけど。もっとも、本当の戦争になれば、半分以上が戦場に駆り出されるかもしれないな」
「じゃあさ、例えば五〇〇〇のそのオルシアスって国の兵士一人に対して、十人の兵士にならない人がいて、全部でえーっと、五〇〇〇〇?」
少女の勘違いが微笑ましい。
「オルシアス軍が五〇〇〇で全軍なわけないだろ。オルシアスの常備兵力は五〇〇〇〇はいるんじゃないかな」
まさしく、ぽかーんとした顔でナルーがこちらを見て、言葉を失った。
俺は計算してやった。
「つまりオルシアスの人口は十万ほどということだね」
じ、十万……、とナルーが眉間にしわを寄せる。簡単に想像できないのだろうけど、実際、俺だって正確には想像できない。
地上には人間が大勢いるけど、それよりもまだ遥かに土地の方が広い。その余裕が、数の感覚に影響していると思う。もっと狭苦しいところで人がひしめき合っている中で生活すれば、人が大勢いる、という感覚を覚えずにはいられないだろう。
「さっき、国が三つあるって言ったよね」
「そう。だからこの島の人口は三十万から四十万かな。よくわからないけど」
「島って何?」
ああ、もう、全部を説明しないといけないのか。
「島っていうのは、うーん、海、っていう大きな水たまりみたいなものに囲まれた、小さい陸地」
「海! それって塩水なんでしょ!」
変なところで知識はあるのだ。
「まぁ、塩水だけど、塩が取れるのと、川とは違う魚が住んでいるくらいかな。あと、船が使える」
「じゃあ、私たちが住んでいるこの地下の世界の上は、島で、海に囲まれているの? 海の向こうには何があるの?」
見たことはないけど、と前置きしたけど、見たことがないどころか、昔に聞いたおとぎ話の内容を俺は言葉にした。
「大陸、っていうのがあって、これも海に囲まれているらしいんだけど、ものすごく広い大地で、火を噴く山とか、どこまでも続く砂の海とか、そういうものがあるらしい。決して溶けない氷に覆われた一年中冬の土地とか、逆にずっと真夏みたいな土地とか」
ほへぇ、と変な声を発してナルーが感心している。
「この島と違って、大陸には三つどころではない国がいくつもあって、その一つだけでもこの島の三国を統一したより大きいっていう話もあるね。王様はものすごい大きな城に住んでいて、それを囲む街では昼夜の区別なく、住民がお祭り騒ぎなんだとか」
急にナルーが真面目な顔になった。
「人間って、実は阿呆なんじゃないの?」
……確かに、阿呆かもしれない。俺が誇張しすぎたこともある。
「祭りなんかより、山が火を吹くところとか、吹雪に閉ざされている場所とか、そういうところを見て回ったほうが価値があるのに。せっかく広いところに生きているんだし」
……何か、だいぶ方向性が違うな。違いすぎる。
「で、スペース、あなたがここへ落ちてきた理由よ」
ああ、そうか、その話だった。だいぶ脱線してしまった。
「とにかく、オルシアスが攻めてきて、俺はエッセルマルク軍の一員として戦場に行ったんだよ。兵士というか、奴隷として強制的に歩兵にされたんだけど」
「それがなんで、こんなところへ落ちるのよ」
「一瞬のことだったんだけど」
自分が目の当たりにしたこと、体験したことが、数日のうちに嘘のように思えた。
でも実際に俺は地下にいる。
「急に地面が割れて、裂け目ができた。そこに落っこちたんだ。他にも大勢、落ちたと思うけど、何か知っている?」
ナルーがふるふると首を左右に振る。
そうか、一緒に落ちた味方も敵も、どこへ行ったのだろう? 全員が救助されたわけもないのだけど。生き残るだけでも運次第だったはず。
「俺の持っていた武器とか、身につけていた鎧は?」
「ああ、そういうのは、トピア様が持っていると思う」
やっぱり取り上げられた、ってことかな。
「ねえねえ、スペース、あなたってつまり、兵隊ってことよね」
「使い捨てのね」
にんまり、という感じの笑い方で、ナルーが俺を見た。
「じゃあ、剣術比べをしましょうよ」
……剣術比べ?
(続く)
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