第11話

      ◆


 岩の発光しているものは何なのか、聞くのを忘れてしまった。

 いつまでも光っていたら眠れない、と気を揉んだが、光はまるで太陽が沈んでいくときのように弱くなっていき、最後には真っ暗になった。

 かといって、今度はいつ明るくなるのか、それがわからない。

 寝ようと思っても容易に眠れる環境でもなかった。

 結局、ナルーが届けてくれた毛布にくるまって横になり、まんじりともせずにいたのだが、人とはよくできたもので、どれだけ不安でもどれだけ周囲が気になっても、うとうとしてしまうものだ。

 短い睡眠と目覚めの連続の後、何か周りが明るくなったような気がすると、例の岩が少しずつ光を取り戻している。そのまままるで昼間のような明るさになった。

 地下世界では太陽は存在しないから、代わりにこの岩の光が明滅する周期がそのまま昼と夜ということか。

 干されてしぼんでいる果実を噛んで、ちょっとだけ川の水をすくって飲んだ。信じられないほど綺麗で、味もまろやかな、不思議な味をしている。喉ごしも良い。

 なんとなく頭上の岩盤の割れ目、遥か頭上を見ているうちに、人の声がした。人じゃないか、獣の声だ。

 そういえば、なぜ獣たちは僕たちと同じ言葉をしゃべっているのだろう。少し訛りはあるけれど聞き取れないほどではない。

 それはもしかしたら、伝説上の存在でもある精霊王の作用によるのかもしれない。

 だって、獣という一つの種族を丸ごと地下に押し込めるような、そういう力があるんだし。

 待て待て、違う、獣は地下へ押し込まれたわけじゃない。そう昨日、トピアが言っていたじゃないか。

 かつての獣人戦争は消耗戦となり、精霊王によって世界を分けただけで、人間が勝利したわけでもないのだ。あの戦争は、犠牲者が増えるだけの愚行だったということでもある。

 それにしても、獣の存在すらよくわかっていないのに、精霊王とは何なのか、というのも大きな疑問だ。

 無力な存在ではないけれど、何らかの人物、生き物、物体ではないとするなら、ではその精霊王はどうやってこの世界に干渉したんだろう?

 足音が聞こえ、そちらを見ると狭い出入り口を抜けてナルーがやってきた。昨日とは違う服を着ているが、やっぱりどこか地上の服とは違う。今日も背中に包みを背負っていた。

「おはよう、スペース」

「おはよう、ナルー」

 会ってほんの二日目に、こんな風に声を掛け合える相手がいるのは、不思議だった。

 不意に地上での俺が思い出された。

 奴隷として人生に絶望し、戦場に立ってもそれは俺の心を占め、外部に対して殻のように閉じていた。

 友人らしい友人もおらず、友人と思ってくれるものがいても、俺は相手をしなかった。

 今の俺は前と何か違う。

 まるで一度、死んで生まれ直したようだった。でも俺は死んでいない。人間なんだ。死ねばそれきりで、肉体は朽ちるし、その前にこの精神、記憶、あるいは魂は雲散霧消し、何も残さず、どこへも行かずに、ただなくなるのだ。

「どうしたの? 難しい顔をして」

「え? そんな顔、していたかな」

 俺は思わず手を口元にやっていたが、クスクスとナルーはおかしそうに笑う。

「人間って、面白いね。朝ご飯は食べた?」

「ああ、食べた。あの、赤い果物みたいな奴」

「あれは、イチゴよ。酸っぱかったでしょ?」

 頷きながら、イチゴ、という言葉が地上のイチゴと同じものを示しているのか、気になった。形はわかりづらいけど、それほど離れていないかもしれない。

「でもあなた、イチゴだけで満腹なの?」

「奴隷はあまり食事を与えられないからね、小食になるんだよ」

「大変ね、奴隷って。やめちゃえばいいのに」

 昨日と同じような位置にナルーが腰を下ろしたので、俺もその横へ移動した。

 替えの服とまた瓶詰めの乾燥させた果物が出てきた。

「トピア様があなたを飢えさせないように、って冗談めかして言っていて、瓶詰めは念のために持ってきたの。ま、その様子だと飢えるようでもないか」

 瓶詰めを受け取って中身を見ようとすると、ナルーが真剣な口調で言った。

「あのさ、最初に聞くべきだったけど、なんで奴隷のあなたが、あの割れ目から落ちてきたわけ?」

 そうか、それを話していなかったか。

 俺はそっと瓶を地面に置いた。



(続く)

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