第9話
◆
奴隷について伝えるのは、難しかった。
奴隷になるにしても、いくつかのパターンがある。
一番多いのは、エッセルマルク以外の国から連行されたもので、これは戦闘の結果の捕虜が売り払われた結果、発生する。この他国民の奴隷は、基本的に死ぬまで奴隷で、結婚という形は許されないものの男女を結ばせることがあり、その間で子供が生まれると、その子どももやはり奴隷となる。ただそんな例は少ない。どんな大人も、奴隷になるしか未来のない子供を無責任に生み出したりはしない。
二番目に多い奴隷は、俺が含まれるような債務を抱えているもので、自分の身柄と引き換えに、その借金が消滅するという現象による。人間に値段をつけるのは誰にもできない代わりに、どのような値をつけてもいい、と見る向きもあり、年齢や性別に限らず、髪の色、瞳の色、肌の色などでも値段は様々だ。
一番少ない奴隷となる展開は、犯罪者や何らかの理由で進んで奴隷になりたいものである。彼らは何者かからの追跡を逃れるために、奴隷という身分になる。奴隷は誰かしらの所有物であり、所有者の財産いなるからだ。
しかしこれは当の所有者に種々雑多なトラブルを招き寄せる。それでも奴隷としてそばに置くのは、この手の連中は相応に腕が立つ場合が多いし、何かしらの特技を持つ故でもある。そのため、トラブルに目をつむって身柄を保護し、何かに役立てるのだ。
例えば戦場から逃げた兵士を奴隷とする場合などもある。戦場での脱走は死罪なのだ。
アクロの元で奴隷からなる歩兵隊をまとめていた将校が、この型だった。元はどこかの騎士に雇われていた傭兵で、脱走は脱走でも、女絡みのトラブルで人を殺して逃げた、と話していた。特に自慢げではなく、むしろ恥じているようにも見えた。
人間は意外に、恥をずっと胸の内に秘めてはおけないのだと俺はそれを見て思った。
そんなことを思い出しながら、俺は一応、言葉を選んでナルーに奴隷について説明した。
「人間って、自分たちの同類を商品みたいに扱うのね」
俺に対する怒りとはまた別種の、軽蔑しきった怒りを見せながら、ナルーが低い声を発する。
「自分たちの同類、とは見ていないな」
俺がそう表現すると、ナルーは黙り込んで、沈黙のままに射るような視線を俺と彼女の前を流れる川面に向けていた。
奴隷を使うものは、奴隷を自分たちと同じ人間とは見ない。
奴隷とは道具であり、壊れれば捨てれば済むようなものなのだ。面倒ごとは全て押し付け、汚れ仕事も全部任せ、奴隷は持ち主の生活を豊かにし、その豊かさで発生する雑事は全部、持ち主から遠ざけておける。
戦場でもそうだ。
生と死が紙一重の場所には、奴隷を送り込めばいい。そして自分たちは勝敗が決した戦場で、勝利のもっとも鮮やかな場面を手に入れる。もし敗北したとなれば奴隷に殿をやらせ、安全地帯に戻れば、敗北の責任を奴隷たちに押し付ければいい。
結局、奴隷とは道具でありながら、言ってみれば、奴隷を所有しているものの分身なのだ。
栄光も幸福も与えられず、この世の汚れと悪意を押し付けられる分身である。
いつでも切り離せる、都合のいい影のようなもの。
「私だったら絶対に、奴隷なんてものはなくすよ」
そのナルーの言葉は、どこか刃のように鋭く、怜悧だった。
一人の少女が、巨大で、生活を密着している制度をどうこうできるわけもないが、あるいはこの獣の少女ではなく、地上に生きる人間の誰かは、この少女と同じことを考え、実際に行動に移すかもしれない。
成功するにせよ、しないにせよ、そういう心がけは買ってもいい。成功するならなおのこといい。
俺には出来そうもないけれど。
「あのさ、ナルー」
自分の身の上を語ったせいか、俺はだいぶこの獣の少女に親しみを感じていた。
年齢も近そうだし、と思いながらその横顔を見ていたが、実際には彼女は何歳なのだろう?
いや、今は年齢の話はよしておこう。
「獣の世界っていうのは、どういう場所なんだ」
どういうって言われてもね、とナルーの指がそばに落ちていた小石を拾い上げ、それを高く投げた。小石は放物線を描いて、小さな音と共に川の中に消えた。
うーん、とナルーが腕組みしてから、話し始めた。
(続く)
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