第6話

      ◆


 私はトピアというものです。

 彼女は俺と並んで川のそばに腰掛けながら、そう話し始めた。

 声が周囲を囲む岩の壁に反響する。

「私たちとあなたはまるで違う存在です。それをまず、はっきりさせます。遥か昔、一千年も前になろうかという時代に、私たちは分かたれたのです」

 トピアのいうことは、俺にもわかる。

 聞いたことがあるのだ。

 幼い頃、両親が話して聞かせてくれた昔話。

 遥か昔、人間と獣の血を宿す人間の対立があった。この獣の血を宿す人間は、獣人と呼ばれるようになる。人間より高い身体能力を持つとか、そういう伝承があり、つまり人間は獣人に手を焼き、この争いは尽きることがなかった。

 そんな中、人間は精霊王を召喚し、その力の元、獣人を地上から追いはらい、その末裔を地下へ封じ込めた。

 それが俺が聞いている伝承、獣人戦争伝説、である。

 俺はもちろん、他の人間も大半は信じていないだろう。獣人というのは、例えば、遥か太古の時代に神が世界を作った、というのに近い伝説、空想だと思われている。

 俺が今、その断定ができないのは、目の前に耳の生えた人間、伝説の獣人そのものがいるからで、これが何かのイタズラ、悪ふざけだったらどんなにいいだろうと思う。心の底から思う。

 しかし誰もふざけていないし、俺を騙してもいないのだ。

「あなたは私たちのことを、悪だと思っていますか?」

 トピアは何の説明もなく、いきなりそんな質問を向けてきた。

 どう答えることもできない俺に、トピアが微笑む。

「私たちは人間と協力して精霊王を召喚し、その力をもって、この世界を二つに分けたのですよ。地上と地下、人の世界と私たちの世界」

「なんだって?」

「偉大なる精霊王は、争う両者が共倒れになるのを防いでくださった。それ以前に、あなた方の中にも私たちの中にも、平和を望む者がいたのですね」

「それはおかしい」

 やっと言葉が口から出た。

「俺が聞いた話だと、精霊王は人間が召喚し、その力で獣人を地下へ封じたことになっている。しかしあんたは、その、人間と獣人が協力した、というようなことを言っているが……」

「協力したのですよ。それは間違いありません」

「じゃあ、俺が、というか、俺たち人間が、事実を捻じ曲げているってことか?」

 ありえない、と突っぱねることができないあたりが、俺が人間である証明と言えるだろう。

 獣人がどうかは知らないが、人間は自分に都合のいいことを創作することがあるし、自分に都合が悪いことは無理矢理に変更したりもする。

 人間が自分たちの歴史を書き換えない、という保証はどこにもないのだ。

 ましてや、伝説や伝承なんていくらでも解釈の自由があり、どこまでも書き換え可能なのだ。

「私は」

 トピアがわずかに目尻を下げた。表情がぐっと柔らかくなった。

「人間のことは直接は知りません。祖先から聞いている、ということです。ですから私はあなたから話を聞き、あなたは私から話を聞くことになります。あなたがここにいること自体、実は大事件なんです」

 大事件と言われても、当事者の俺からすれば何もかもが急転直下で、何が起こっているか、まだ確信が少しも持てないのだった。

 まず戦場に出て、地面が割れ、地下に落ち、獣人と会話している。

 どういうことだ? そういう妄想を見ているのか。これは全部、夢なのか。

「まずは私たちについて、話しましょう」

 俺の困惑、狼狽、疑念、全てを無視して、獣人の女性は微笑んでいる。その微笑みには、俺のような余裕のなさは少しもない。まるで何事にも動じない、海千山千の経験を積んだ老人を相手にしているような気さえした。

 何はともあれ、教えてくれることは、教えてもらおう。

 俺が元の世界、地上へ帰る方法も知っているかもしれないのだ。

 いや、さっき、トピアも人間と会うのは初めてだ、と言わなかったか?

 舌打ちをこらえて、俺はともかく、目の前の獣人の女性の言葉に集中した。



(続く)

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