第28話 十年後

 あれから十数年が経った。

 あの後、私は交番へと駆け込んだ。

 世間では私は行方不明の扱いになっているし、お母さんのことも警察に聞いた方が早いからだ。

 罪悪感を覚えつつも、警察に保護してもらった私はお母さんのことについて尋ねた。

 結論からいうと、お母さんはやっぱり死んでいた。

 犯人を探しているが、未だ何も手掛かりを見つけられていないらしい。

 それから私に対して質問をされた。

 犯人の容姿、連れ去られた場所、千佳のこと。どこからそんなに質問が溢れてくるのかと辟易するくらい尋ねられた。私はその全てに「分からない、よく覚えていない」と答えた。当時を振り返ってみると、あの時の私は千佳とお母さんが死んでしまって、全てのことがどうでもよくなっていた。

 犯人を庇っているのではないか、私自身が犯人だと問いつめられたりもしたが、私は黙って首を横に振った。

 その後も何度か警察署に呼ばれることはあったが、同じ質問に同じ答えの繰り返しで、事情聴取されることもなくなっていった。

 結局、それからというものの警察からは何もコンタクトがなかったので、未解決事件として処理されたのだろう。

 一度だけ、自凝島の警察官が殺されたことについて訊かれた。知らないと答えると、それ以降は、そのことについて尋ねられることはなかった。

 何の縁もゆかりもない離島の事件に私が関わっていると誰も思うまい。

 それからの生活は大変だった。お金はお母さんの貯金と死亡保険で困ることはなかったけど、頼れる人が誰もいない。

 無気力で何にも興味を持てず、言われたことだけを黙々とこなして生きていった。それでも、人生なんとかなるようで、高校を卒業して地元企業に就職した私は普通の生活を送っている。

 自凝島での出来事から人間不信のきらいもあったけど、普通の人のように結婚をすることもできた。


「千佳、私、今度、赤ちゃん産むの」


 千佳の遺体は見つかっていない。誰かに――といっても、関係者は洋館にいた人物しか思い当たらない――隠されたのだろうか。それとも遺体は見つかっているが、それが千佳であると結びつけられなかったのか。場所が離れすぎているから所轄も違うだろうし、数年後に見つかったとかだと身元が判別できないのかもしれない。

 直接確認しに自凝島に行ってみることも考えたが、私が殺してしまった警察官のことや珠江ちゃんのことを考えると躊躇してしまった。

 最終的に行方不明扱いだった千佳は七年後に失踪宣告を受け、死亡ということになってしまった。身寄りのいない彼女のために、遺体はないがお墓を建てて、こうやって墓参りをしている。


「お母さん、色々あったけど、私は幸せになるよ」


 千佳の隣の墓石にも手を合わせた。ここにはお母さんが眠っている。

 私が幸せになってもいいのだろうか。そう思ったこともあった。

 人を殺してしまったこともそうだし、千佳を殺したからと珠江ちゃんに死者側にしてしまった。

 これだけ他人を不幸にしておきながら、自分だけ幸福を求める。そんなことが許されていいわけがない。

 だけど、千佳が最期に言った言葉を忘れることは出来なかった。

 ――お前は幸せになるんだ。俺の代わりに。

 転機は急に訪れた。

 生きているのか死んでいるのか分からないような生活を送っているとき、一人の新卒社員が入社してきた。

 スラッとした身長に黒の短髪。綺麗な素肌に澄んだ瞳をしていた。有り体に言えば、イケメンだ。

 女性社員が黄色い歓声をあげているのを私は冷めた目で見ていた。見た目で他人を評価することの馬鹿馬鹿しさを嫌というほど思い知っているし、他人なんてどうでも良かった。

 そんな私に声をかけてきたのは向こうだった。


「お隣にいいですか」


 社員食堂の隅で微妙な味のランチセットを食べている私に彼から近づいてきた。それからというもの彼は私に積極的に関わろうとしてきた。

 連絡先を交換したり、デートに誘われたり。何となく彼についていって、そのままズルズルと付き合っていると、いつの間にか結婚までして、子供まで授かった。

 彼と相性が良かったのかもしれない。彼も小さい頃に家族を亡くしていたそうなのだ。 他人を不幸にした私は幸福になってはいけないのではないのか、という強迫観念も彼と一緒にいることで薄れてきた。

 千佳の言葉を思い出し、彼女が望んだ通り、私は幸せになろう。そう最近になって思い始めた。

 産まれてくる赤ん坊だって母親が辛気臭い顔をしていたら嫌だろう。

 我が子を笑顔で迎えよう、そう決意して、分娩室に入った数日後――夫は自殺した。

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