第25話 話を聞いたあと

 二人きりになった私と千佳は互いに顔を見合わせた。


「なんだったんだ、あいつは」

「……私の友達だよ」

「友達、か」

 

 千佳は自虐的に呟いて壁に寄りかかるように座った。


「もう俺はお前の友達でもないもんな……」

「そ、そんなこと――」


 自分が千佳に言ったことを思い出して、私は言いよどんだ。

 ――千佳なんて友達でもなんでもない!

 そんな酷い言葉を投げつけたのは私自身だ。


「仲直りしてくれなんて言わねえさ。お前には酷いことをしてしまった」


 千佳は私のことを友達だと言ってくれた。だからこそ、私を助けたいと。

 私は千佳のことをどう思っているのだろう。

 友達だった。友達じゃなくなった。それから……。それから、全てを聞いて私の中の千佳はどう変わった。

 千佳はずっと私を騙していた。でも、いつの間にか私のことを友達だと思ってくれて、今は助けようとしてくれた。

 結局はいつもの千佳なんだ。いじめから私を助けてくれて、いつも一緒にいて楽しいことをして、憧れの存在の千佳。

 それでも、千佳のことを再び友達だと言えない一つの理由。

 ――私のお母さんを殺してしまったことだ。

 私は望んでいないけど、再び儀式をすれば元の状態に戻る。

 だけど、死んだお母さんは帰ってこない。

 このことに区切りをつけなければ、私は二度と千佳とは仲直りできない。私自身の心の問題なんだ。千佳が考えたって、千佳が行動をしたって、意味はない。

 千佳に頼らず、私が決めるんだ。

 ふと、自分の手が震えているのに気が付いた。 お母さんが死んだ悲しみ、千佳への憎しみ、このぐちゃぐちゃな感情は未だ心の中で渦巻いている。

 私は一つの案を思いついて、それを実行することにした。


「ねえ、千佳。私は千佳と仲直りしたい、そう思っているの」

「それは……ありがてえな」

「でも、やっぱり千佳のことを許せない私もいるの」

「そう……だよな……」

「でも、やっぱり千佳とは仲直りしたいの。友達に戻りたいの。だからその、私のお願いを聞いてくれる」

「当たり前だ。お前が仲直りしてくれようが、してくれまいが、お前の言うことはなんだって聞くよ。俺はお前にそれだけのことをしちまったんだからな」

「それなら……そこに立って」


 言われた通りに千佳はその場に立ってくれた。

 私は千佳の目の前まで歩いて行く。

 千佳の目と鼻の先に立つ。

 そして。

 ――思いっきりぶん殴った。

 千佳は派手に床へと倒れ込んだ。

 生まれて初めて人を殴った。

 心臓が早鐘を打っているし、殴った拳がズキズキと痛む。


「何をするかと思えば……」


 千佳は殴られたのに、どこかか嬉しそうに笑いながら立ち上がった。唇を切ったのか、痛々しく血が流れている。


「こ、これは仲直りの握手代わりだから!」


 震える声で私は千佳に伝えた。許すことは難しいけど、これで私の中で整理はついた。

 元の関係というのも無理かもしれなくても、友達だと言い続けよう。


「お前は変わったな……」

「え」

「強くなったよ。前のお前じゃ、俺を殴ったりはしなかったぜ」

「それは……うん、多分殴りはしなかったかな……」


 ここ数日の体験が私を変えたのだろう。それとも変えられたというべきか。ともかく、数日前の私はいなくなって、新しい私がここにいる。

 どことなく遠い存在であった、憧れであった千佳に追いつけた気がする。守られる存在ではなく、対等な、本当の――


「千佳は……私の大切な友達だよ」

「ああ、結乃。俺にとってもお前は大切な友達だ」


 それから友達であることを確認するかのように私達は昔の話を始めた。私を苛めていた三人組を千佳が泣かせたところから、一緒にテスト勉強をしたこととか、一緒に修学旅行を楽しんだこととか。

 本当にどうでもいいことばっかり話した。

 自殺した女の子の幽霊が出るとかいう音楽室に夜中忍び込んだこともあった。当然ながら私は断っていたのだけど、千佳に無理やり連れて行かれた。あの時は千佳がふざけて驚かしてきたせいで悲鳴を上げながら廊下を走ることになってしまった。

 ――本当に他愛のない話。

 ショッピング街に買い物に行ったときに千佳は黒無地のTシャツと普通のジーパンを選んでいた。千佳はそれまで女の子らしい服どころかスカートすら穿いたことがなかった。それまでオシャレとは無縁だった千佳に似合う服を私は持ってきてあげた。随分と嫌がっていたけど、いつの間にか私が千佳の服を選んであげるようになった。

 そんなくだらないことを私達は日が暮れるまで笑い合いながら話していた。

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