第23話 初めて聞いた過去

 ――俺の母さんは結乃のお母さんに呪いを移されたんだ。

 結乃のお母さんが残した手記の後に儀式をやったんだろうな。《黄泉大神の詛呪》で結乃のお母さんは死者側から生者側に、俺の母さんは生者側から死者側に境目が変わった。

 母さんは騙された、呪いを移されたって結乃のお母さんを恨んでたよ。

 当時、母さんも気づいていなかったが妊娠していた。そう、俺だ。

 死者側となっていた母さんから産まれた俺もまた死者側――呪いを持ったまま産まれた。結乃が今見えているモノを俺は生まれてからずっと抱えていたんだぜ。

 知っていても周りの人間が怖かったよ。見た目だけじゃない。俺と見ている物、感じている物が違うんだ。綺麗な景色とか言われるものは俺にとっては糞溜めみたいに汚れているし、美味しいとか言われるもんは泥の味がする。だけど、そんなことは言えねえ。そんなこと言ったら狂人だ。ひたすら周りの見ている現実に合わせなきゃいけなかった。

 自分が苦しいって、辛いもんだって見えている現実が他人は楽しそうにしている。頭がおかしくなりそうだった。

 母さんと同様に結乃のお母さんのことを恨んだよ。

 俺をこんな風にした元凶なんだからな。

 やがて母さんは結乃のお母さんとその子供を見つけた。一目で分かったよ、儀式を一緒にした相手のことは普通に見えるんだからな。

 ああ、お前も普通の人間として見えてたよ。きっと結乃のお母さんも妊娠していたんだろうな。神様ってやつが何を考えているか分からんが、お前も儀式の相方に――いや、母親同士で二人一組、腹の中にいた俺とお前で二人一組だったのかもしれんな。

 ともかく、お前たちを見た母さんは憤った。自分と自分の子供にこんな仕打ちをしておきながら、平々凡々と幸せな家庭を築いている。復讐をすると言っていた。結乃のお母さんだけでなく、その子供である結乃にも。俺も同じことを思ったよ。

 ただ母さんはお前たちを見つけてから、数か月後に病気で亡くなった《黄泉大神の詛呪》なんてたいそうなやつと関係ない普通の病気さ。

 

 ――母さんの分の復讐も俺が背負った。 問題はどういう風に復讐をするかだ。ただ殺すだけじゃあ、俺と母さんの長年の苦しみを思い知らせられない。

 だから、俺は儀式をしてお前に呪いを移してやることにした。そうすれば、俺も死者側から生者側へと戻れる。

 結乃のお母さんは儀式のことを知っているはずだから相手はお前になった。

 だからだ、苛められっ子だったお前をわざわざ助けてやったのは。お前に信頼される必要があったし、なにより信頼していた人物に裏切られるっていうのは辛いからな。母さんも結乃のお母さんのこと信頼していたんだぜ。結乃のお母さんが俺の母さんにしたことと同じことをするって意味もある。

 それであの日を迎えた。

 そうだ、俺とお前が儀式をした日だ。

 結乃のお母さんを殺してから、お前と儀式をして自凝島にやって来た。

 まずは、感動したよ。普通の人間ってのはこんな綺麗な風景を見られていたって。

 メアリーの部屋って哲学の思考実験を思い出したぜ。俺は本当の景色を写真や知識で分かっていたが、自分の目で見たことはなかったからな。

 儀式を終えた後、お前をどうするかは決めていた 最上級の恐怖を与えることだ。 お前には俺と母さんの苦しみを味わってもらわなきゃいけないからな。

 自凝島に飛ばされるってことは分かっていたから、何度か調査に来ていた。その時に道陸神社や《黄泉大神の詛呪》を研究してるっていう宇津田と出会った。だから、あいつにも協力をしてもらった。

 お前を怖がらせる方法なんて簡単だ。俺は同じ現実を見て来たんだからさ。

 宇津田から洋館にいる孤児や友達を集めて一芝居うってもらうことにした。親戚の子供が遊びに来る。その子はお化け屋敷とか好きだから怖がらせてあげてってな。 なあ、コスプレ野郎、宇津田からはそういう風に聞いたんだろ。

 所詮は子供たちの発想だ。どこかで見たことがあるようなシナリオだった。

 だけど、その子供たちのお芝居にお前は随分と怖がってくれていたな。

 ――いや、ずっとだな。お前はこの島に来てからずっと怖がっていた。

 それを隣で見ていたが、俺の心は晴れなかった。罪悪感で胸の奥が痛むだけだった。

 洋館でお前がぶっ倒れてから気付いた。

 最初は騙すためにお前に近づいた。復讐のために仲良くなった。

 それなのに。

 ――友達ごっこのつもりだったのに、お前はいつの間にか俺の本当の友達になっていたんだ。



◇ ◇ ◇



 そこまで千佳は話し終えると、傍に置いてあった新聞紙を私に投げた。

 新聞には自凝島で警察が何者かに殺害されたことが見出しにあった。本文には深夜に棒状のもので片目を刺し殺されていること、病院に運ばれたが死亡したこと、周辺住民に訊きこみをしていることが書かれている。

 この新聞紙が本物かどうかなんて疑う余地はないだろう。

 犯人は私自身なんだから。

 新聞紙を見つめる私に千佳は更に続けた。


 あの時、俺は隠れながらお前をつけていた。お前が洋館まで辿りついてくれなきゃ、せっかく施設の子供たちが準備してくれたお芝居を見せれなくなるからな。

 俺の目にはお前が普通の人間の警察官を刺し殺しているようにしか見えなかったが、お前はそうは見えなかっただろ。《黄泉大神の詛呪》のことを知らないお前は警察がただの化物にしか見えない。

 大人しいお前があそこまでするとは正直驚いたが、あの時はそうしてくれて喜んだよ。普通に殺人だからな。最終的に少年院か刑務所か、精神病院にぶち込まれる。それも復讐の最後としては悪くねえって思った。

 お前が友達って気付いてからはそれが足枷になった。

 もしお前が警察官を殺してなければ、俺は全て教えていた。

 だけど、警察官を殺してしまったお前に本当のことを教えるわけにはいかなかった。真実を知ってしまえば、お前は自分が殺したのが亡者じゃなく人間だと知ってしまう。

 だから、お前には何も言わずに神社まで連れて来た。

 何も知らないまま元の場所に生者として戻ってくれれば、お前はこの島であったことを全て別の世界の出来事だって思ってくれる。

 そこで俺はしくじってお前のお母さんの手帳を落としてしまったわけだ。

 このままにしておいても、お前はいずれ本当のことに気付くだろうし、警察に捕まるかもしれなかった。

 そこで、俺はお前に本当のことを話すことにした。

 宇津田に芝居をする必要はもうないことを言って、俺のところにやって来るようにしてもらった。

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