第22話 話を聞いてから
亡者の心配をする必要がないとはいえ、森の中だ。虫だっているし、地面はでこぼこしていて歩きづらい。もやしっ子の私は結構辛い。
そんな私の後ろを怜美さんは日傘を折り畳んでついて来ている。 なぜ、千佳の場所を知っている怜美さんが私の後ろを歩いているのかというと、
「だって、わたくしが聞いたのは廃屋という二文字だけですから」
だそうだ。廃屋というのは私と千佳が初め拠点にしていたところのことだろう。島中には廃屋なんて他にもあるだろうし、私と千佳しか分からないというわけだ。
とはいえ、土地感のない私は結構迷っている。
先ほどから同じところをグルグルと回っているようにしか思えない。近くには来ているはずだけど、一向にそれらしい廃屋が見つからない。
「まだでしょうか」
「まだ……ていうか、怜美さんは付いてこなくてもいいんじゃない」
「わたくしも結乃さんのご友人とお話ししたいことがありますから」
「話したいこと? 怜美さんと千佳は会ったことあるの?」
昨日、洋館に来ていたのならその時に会ったのだろうか。それよりも前に千佳は洋館に来ていたはずなので、その時にも会う機会はあったのかもしれない。
「いえ、直接会ったことはないですわ。廃屋のことも宇津田先生から聞いただけですし」
「なら、どうして」
「そのうち分かることです。結乃さんがちゃんと辿りつけたらの話ではございますが」
「うっ……」
私だって迷いたくて迷っているわけではない。
「怜美さんはこの辺りにある廃屋って知らないの」
「存じません。わたくし、普段は山中なんて歩きませんので」
「それならスマホとか……」
「ああ、それでしたら」
怜美さんは立ち止まってポケットの中からスマートフォンを取り出した。私もその画面を覗きこむ。
「どうするおつもりでしょう」
「地図のアプリを開いて欲しいの」
村の位置と洋館の位置、それから現在地が分かれば廃屋の位置もおおよそ分かるはずだ。画面を覗きこみつつ、私はあることを思い出していた。
儀式というのは怪談話として存在していた。誰も成功しなかったのは生者側と死者側の二人組でなかったからだろう。普通の人間である生者側同士でなければ、道陸神は呼び出せない。
その怪談話の中には持ち物を置いて行わなければならないということは聞いたことがなかった。私がスマートフォンから何もかも置いてきたのは、千佳がそうしろと言ったからだ。きっと、私がスマートフォンを持っていたら都合が悪かったのだろう。
持っていたら電話も出来るし――珠江ちゃんから携帯電話を借りて電話はしたけど―― インターネットで調べれば正しい情報が手に入る。行方不明扱いになっている私達の居場所を警察がスマホの位置情報で知ることができるかもしれない。
そう考えると、やっぱり千佳は私を最初から騙すつもりだったとしか思えない。けれど、なぜそうしたのか。いつから私を騙そうとしていたのか。そもそも千佳が死者側の見え方をしていたのはいつからなのか。
それらも千佳に直接会えば分かるはずだ。
地図アプリで現在地と洋館の場所は分かったので廃屋の位置もなんとなくではあるが分かった。私はその方向を指差し、再び歩き出した。
◇ ◇ ◇
それから数十分ほど歩いていると見たことのある廃屋を見つけることが出来た。
改めて見ると今にも朽ち果ててしまいそうな掘っ立て小屋だ。森の中にポツンと建っているそれは不気味で人間が入ることを拒んでいるようにも思える。
「入らないのですか」
「うーん……緊張しちゃって……」
喧嘩別れしてしまった後だし、随分と酷いことを言ってしまった。それに儀式をすることで自分を生者側に戻し、私を死者側にして人間を亡者に見えるようにした張本人だ。
とはいえ、ここで帰るわけにはいかない。
千佳に会わなければ、何も分からないままだ。
――真実を知りに行こう。
扉をそっと押して開く。
千佳は正面の椅子に俯いて座っていた。
「よお、遅かったじゃねえか」
そう言いながら顔を上げて、彼女は冷めた表情で鼻を鳴らした。
「千佳……」
「まあ、なんだ。とりあえず入ってこいよ」
警戒しつつ、廃屋の中へと足を踏み入れる。
「そっちのコスプレ馬鹿は誰だ」
千佳は私の後ろにいる怜美さんに向かって顎をしゃくった。
「あらあら、結乃さんのご友人なのに随分と口が悪いことですわね」
「生憎、結乃みたいに育ちが良くなくてな」
「それは貴方の品のない姿と喋り方を見たら分かりますわ」「へえー、じゃあてめえは品があるって言うのか。品がある奴ってのはコスプレして出歩く頭がお花畑の奴のことを言うんだな」
「ちょ、ちょっと千佳も怜美さんも落ち着いて」
私をそっちのけで二人の喧嘩が始まろうとしている。
「千佳、この人は怜美さん。洋館に住んでた人。怜美さん、少し静かにしてて。これ以上、事態をややこしくしないで」
「分かりましたわ。大人しくお二人を見守ることにしましょう」
そう言って、怜美さんは扉の近くの壁に背を預けた。
素直に言うことを聞いてくれてホッとした。 一呼吸おいて、千佳と対峙する。
「千佳、教えて。千佳の知っていること全部」
「ああ、いいぜ。そのために呼んだんだ」
「最初に教えて。お母さんを殺したのは千佳なの?」
私と千佳が家を出る時には確かにお母さんは生きていた。家を出てから確か忘れ物をしたと千佳は一度、私の家に戻っている。お母さんが死んだことが偶然でないのなら、あの時しかありえない。
千佳は一度私から視線を逸らし、それから真っ直ぐと私を見つめた。
「……そうだ」
一瞬、間があって、千佳は躊躇いがちに、答えた。肯定した。
それを聞いて、私は。
胸の奥から苦しいほどの憤りがわいてくる。苦しい。胸が張り裂けそうだ。
たった一人の家族が殺されたこと、殺したのがたった一人の友人だということ。
矛盾している。こんなの絶対変だ。 でも、これが現実なんだ。
目の前にいる千佳がお母さんを。
私はどうすれば良い。この全身を震わせる怒りと苦痛をどうすれば良い。
いる。目の前にいる。
そのぐちゃぐちゃな感情をぶつけるべき相手がいる。
私はグッと手を握りしめて――
「結乃さん」
背後から声がする。
「大人しくするとは言いましたけれど、アドバイスはさせて貰いますわ。それは全てを聞き終えてからでも良くてはなくて」
私は大きく息を吸って、吐いた。そうだ、私は話をしに来たんだ。千佳には話してもらわなければならない。彼女の全てを。
「話して」
私は一言、それだけ発した。
「ああ、最初……いや、それよりも前だな。原点からだ。結乃のお母さんの手帳に久美子って名前出てただろ。……あれは俺の母親の名前だ」
そう言って、千佳は話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます