第20話 初めての仲間、かも
「ええ、その通りです」
「え、でも、なんで。どうして?」
私は立ち上がって窓まで近寄った。
目を擦って窓の外の世界を覗き見る。
――空は赤黒いままだ。
この空も普通の人が見えれば、青い空だと言うのだろうか、
「道陸神のことは知っていますか?」
私は頷く。伊邪那岐が黄泉の国に行くと醜悪な姿をした伊邪那美を見てしまい地上へと逃げた際に地上への境目に置いた大岩から生まれた神様だったはずだ。『境目の守り神』としての性質を持つ神様で儀式をしたことで私を自凝島へと導いた、と宇津田先生は言っていた。
「一般的には道祖神と呼ばれる『境目の神』の神像は全国各地残っており、村の出入り口に置かれていました。病や災いをソトからウチである村に入れないようにするためです。やがて人々の繁栄を願うために双体道祖神と呼ばれる二柱で一組の夫婦として造るところも増えました。夫婦としての仲を紡ぐことで子供が生まれ村も繁栄しますから。さて、ここでお訊きしましょう。自凝島に伝わる道陸神は果たして一柱なのでしょうか」
「二人……夫婦ってこと?」
「伝承にはそう残っていますわ。伊邪那岐が黄泉平坂橋に大岩を置いた境目には二柱一組の道陸神が生まれました。生者の国であるわたくしたちの方に男神が、死者の国である黄泉の方に女神です。伊邪那岐と伊邪那美という男女の夫婦のように。生者の国の道陸神は結乃さんが聞いた通り、伊邪那岐を黄泉の国へ足を踏み入れた通り道を繋ぐ役目があるそうです」
「死者の国側の道陸神っていうのは……」
「別の性質を持っています。伊邪那岐が黄泉の国にいる伊邪那美を醜悪な姿に見てしまったように『人間が醜い姿』に見えるようにさせるのです。その他にも現実の風景や食物を黄泉の国のように見せたりすることもありますわ。儀式では二柱一組を呼び出して、二柱はそれぞれ呼び出した者の『境目』を同時に変えてしまうのです。『距離』と、『生者の国と死者の国の風景』としての境目を。わたくしたちはこれを《黄泉大神の詛呪》と呼んでおります。いわゆる呪いですわ」
「そ、そんな馬鹿げた呪いなんてあるわけないじゃない」
「呪いで納得が出来ないのなら、脳を弄くり回された、転んで頭を打った、病気になった、なんでも構いません。大事なことは理屈ではなく、そう見えるようになってしまったという結果です。結乃さんは、そういう風に現実が見えているのでしょう」
「仮にそうだとしたら気になることがあるけど……そうすると千佳も同じ呪いにかかっているってことになるよ」
「もう隠す必要もないそうですから正直に説明していきますわ。儀式で道陸神をお呼びするには条件があります。道陸神が生者と死者の国で別れているように、儀式をするのは二人組であると同時に生者の国と死者の国に分かれておらなければなりません」
「ええっと、つまり儀式が成功するためには二人組であることと……生者と死者側に分かれていけないってこと、でいいのかな」
「そういうことです。今の結乃さんの状態が死者側、生者側がいわゆる普通の人間です。儀式を行うと黄泉側の道陸神は『生者の国と死者の国の風景』の境目を変え、生者側には死者側の、死者側には生者側の風景が見えるように境目を変えます。呪いを移された、と本人たちは感じるかもしれませんわね。ここまで言えば気付くのではないでしょうか。辻堂千佳がどちら側であり、結乃さんに何をしたかを」
私が人間のことを亡者に見え始めたのは自凝島に来た後――儀式を終えた後だ。つまり、私は生者側から死者側へと境目が移されたということになる。
――儀式は生者側と死者側でないといけない。
私が生者側であったのなら、千佳は――死者側だ。
「そうなると、千佳は既に呪いを持っていたってことになっちゃう」
私と千佳は中学生の時からずっと一緒にいた。千佳から人間が亡者みたいに見えるなんて私は一度も聞いたことがない。
「持っていたのでしょう。いつから、というのはわたくしには分かりませんけれど、結乃さんと儀式を行った時には辻堂千佳は死者側だったのは確かです。結乃さんと儀式をすることで自身を死者側から生者側へと変えたのです」
千佳のことを思い返してみるが、男勝りなところがあるくらいで他の人と変わったところなんてなかった。もし、千佳がそういった呪いを持っていたというのなら、私の姿も亡者のように見えていたことにもなる。
「――あれ?」
ふと、疑問に思い私は怜美さんの姿を見つめる。
ぼさぼさの白髪に虚ろな瞳。それからゴスロリ服と変な姿をしているけど、亡者のようには見えない。
「どうして怜美さんは普通の人間に見えるの?」
死者側になると人間が醜悪な姿に見えてしまうというのなら千佳もそうだけど、怜美さんや珠江ちゃんも人間に見えるのはおかしい。宇津田さんは着ぐるみを被っていたから、三人の例には当てはまらないだろう。
「《黄泉大神の詛呪》により死者側になったとしても通常の人間と変わらないように見える例外が三つあります。一つは儀式を行った相手。結乃さんの立場でいうと辻堂千佳が当てはまります。二つ目は外傷をその身に多く宿している者。火傷跡が多いあの子のように」
あの子というのは珠江ちゃんのことかと尋ねると、怜美さんはしばしば間をおいて肯定した。
「伊邪那岐と伊邪那美は決別しましたが、元は愛し合った夫婦でした。伊邪那岐が黄泉の国に伊邪那美を迎えに行ったのも愛していたからです。二人を別った大岩から生まれた神様とはいえ、二柱には愛し合ってほしいのかもしれません。だからこそ、儀式を行った相手は普通の姿に見え、あの子のように火傷跡のような外傷を持っていると普通に見えるのかもしれません」
そういえば、伊邪那美も火の神を産んだ火傷で亡くなっていましたね、と言って怜美さんは続ける。
「……それで怜美さんは?」
「そう急かさないでくださいまし。三つ目は同じ死者側の者であることです。同一の存在である者同士だと怖がらない、ということなのでしょうか。わたくしはこの三つ目に当てはまります」
「同一の存在……もしかして怜美さんも……」
「――ええ、わたくしも結乃さんと同じ死者側の存在ですわ」
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