第15話 今はいつ?
「――きゃ!」
脇目も振らずに走っていたせいで、曲がり角から現れた子とぶつかった。私は転ばずに済んだが、相手は倒れて尻餅をついた。
千佳と私を襲った雨合羽の子かと思い、慌てて身構えた。
「はぅ……痛いですぅ……」
「珠江ちゃん……」
お尻をさすりながら立ち上がったのは珠江ちゃんだった。
「どうしてここに」
「う、宇津田先生が結乃お姉様様はここにいるからって……」
「宇津田さんが?」
どうしてあのうさぎの着ぐるみを被ったへんてこが私の行き先を知っているのだろう。千佳も宇津田さんに教えるどころか、会っている様子もなさそうだった。
――いや、千佳のことは信頼出来ない。私を騙していたのだから。
「あ、あと、宇津田先生がこれを渡して欲しいと……」
背負っていたリュックサックから新聞紙を取り出した。私はそれを受け取って、新聞紙に目を落とす。辺りが暗くてよく見えなかったが、珠江ちゃんが持っていた懐中電灯で照らしてくれた。
見出しを見てすぐに気付く。貴賓室で怜美さんから見せられた平成三十七年の日付でゾンビが大量発生したという新聞紙だ。
あの時は部屋自体が暗かったしパニックになっていたので書かれていることを信じてしまっていたが、落ち着いて見てみれば手触りや色が新聞紙とは違う。偽物っぽく思える。
「これを私に渡してどうするの」
「中を読んで欲しいって……」
当然ながら新聞紙は三十枚から四十枚ほどのページから出来ている。私が手にしているのも同様にちゃんと中身があった。
私は適当に新聞紙を捲ってみる。ウィンドウズ10の無料アップグレードが開始されたことやミドリガメの輸入規制の話なんかが載っていた。
紙の色が違う。こっちは本物の新聞紙のようだ。なるほど、本物の新聞紙を一枚の偽物の新聞紙で挟み込んでいたのか。中は全て本物なのでそれっぽく思えてしまえるわけだ。
「あ、あの……結乃お姉様のお名前は……小坪結乃なのですね……」
「そうだけど」
「やっ、やっぱり……それなら、一面だけは見ない方が良いかもしれません……」
一面というと新聞紙の最初のページだ。ゾンビがどうこう書かれたものではなく、それを捲った先にあるのが本物のことだろう。
「どうして」
「そ、それは……」
珠江ちゃんは続きを言うのを躊躇って俯いた。
忠告はするが止める気はないらしい。私は、偽物の新聞紙を捲った。
大きな見出しが私の視界に飛び込む。
◇ ◇ ◇
『母親惨殺! 女子高生二名が行方不明』
七月二十九日午前十時ごろ、人が死んでいると通報があった。警察官が現場に駆け付けたところ、女性が血を流して倒れているのを発見した。 女性の名前は小坪真由美さん(四十二歳)。司法解剖の結果、刃物で腹部を複数回刺されたことによる失血死だと警察は明らかにした。防御創がないことから知人による犯行が高いとみられている。
また、被害者の娘で県立村下高校に通う小坪結乃さん(十五歳)と同級生の辻堂千佳さん(十五歳)が行方不明になっているのが判明した。二人の荷物と自転車が比良坂橋付近に放置されているのが同日に発見された。
警察は小坪真由美さんを殺害した犯人が二人を誘拐したものとみて捜査をしている。
通報者は小坪真由美さんが勤務するスーパーマーケットの店長で被害者が勤務開始時間になっても姿が見えず、電話で連絡が取れなかったため自宅に向かったと――――
◇ ◇ ◇
私は一度読み終えた後、もう一度読み返した。自分が見ているものが信じられなかった。二度目で読んでいる文字が変わることはなく、新聞の記事はただただ情報を私の頭の中へと伝える。
――私と千佳が行方不明になっている。
――お母さんが殺された。
珠江ちゃんから携帯電話を借りた時に誰も出なかったのはお母さんが死んでいて、誰も電話をとる人がいなかったから?
死んでしまっていたのなら、電話には出られなくて当然だ。
「うそ……」
きっとこの新聞紙だって偽物なのだ。本物のように見えるけど、これも作られたものなんだ。不安を打ち消すように、お母さんの手帳を強く握りしめる。
「結乃お姉様……大丈夫ですか……?」
「大丈夫に見えるの!?」
「ご、ごめんなさい!」
珠江ちゃんは怯えるように体をビクッと震わせた。
「あ……ごめん……」
珠江ちゃんは関係ない。ここで他人に怒鳴るなんて、ただの八つ当たりでしかない。
「それで……結乃お姉様、宇津田先生から伝言です。その新聞のことについて訊きたいことがあるなら……一度、洋館へと戻ってきて欲しいそうです」
その新聞とは偽物の平成三十七年のゾンビのことだろうか。それともお母さんが殺されたと書かれている方だろうか。
どちらにせよ真実を知りたければ、宇津田先生のところ――洋館に戻るしかない。
一歩踏み出して、後ろを振り返った。千佳を置いてきてしまった。いつも私を引っ張ってくれていたかけがえのない親友。喧嘩する時だって、たまにあった。それでも、いつもどちらかが謝って仲直りしていた。
今回は千佳が私を騙していた。もうそろそろ申し訳なさそうに来て謝ってくれるだろう。
まだそんなことを期待している、私がいた。
「千佳……」
振り返った先は真っ暗で誰もいなかった。
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