第2話 絶望に震える背中

出勤時間ギリギリになって、やっと重たい身体を引きずるようにスーツに着替えた。

髪は乱れたまま、鏡を見る気力もないままアパートを出て最寄駅へ向かった。

あの日から身なりなど気にする余裕はなく、食事もほとんどしないまま日々を過ごしている。

まるで廃人の様に生きている。

大事な人を亡くした訳でも大切なものを無くした訳でもないのに、自分の中の何かが奪われてしまった様に日々を失ってしまった。


駅に近づくたび、あの日の記憶が目の前の景色とシンクロするように交差し、現実の境目が分からなくなる。

分からなくなった後は、目の前の景色が歪み始めて呼吸の仕方を見失う。

足が宙に浮く様な薄気味悪い感覚に襲われ、フラつく身体は自力では支えきれなくなる。無意識に近くの電柱に手をついて、焦りながら荒くなった呼吸を無理に整えようとすると、全てを拒絶する様に全身の熱が頭に登り余計に焦りが込み上げてくる。

どんどん焦りが増す中で、今度は次第に吐き気を感じ始める。

全身が鉛の様に重くなり、手をついても支えきれなくなって身体はズルズルとコンクリートに呑み込まれる。

コンクリートの上に座り込むと、グラグラと視界が歪み始めて意識が途切れる。


意識が途切れた後、いつも目を覚ますのは駅の救護室。


あの日から毎朝、それを繰り返している。


だけど、今日だけは違った。

すぐ目の前の駅の角で同じ様にしゃがみ込む姿が見えた。

耳を澄ませなくても泣いているのが分かるほどの嗚咽の様な悲鳴に似た声が聞こえて、意識を失いそうな状態のままで、ただ僕はその女性の姿をジッと見つめていた。


「はっ、はぁっ…、こんな事ならっ…無理矢理にでも、学校を辞めさせておけばっ、よかったっ…。私のっ、私のせいよっ…。うあぁっ、ゔあぁっ…。」

悲痛な泣き声が、やけに鮮明に耳に届くのは何故なのか分からないまま、手放しそうになる意識を懸命に掴んで泣き崩れる姿を見ていた。

泣き崩れる女性の身体を側で支える男性。

女性は痛々しい姿なのに、男性は妙に冷静で小綺麗なスーツが印象的だった。

いや、何故だろう…違和感しか感じなかった。


ぐるぐると視界が回るなかで、ぼんやりと2人の姿を眺めながら頭に浮かんだ違和感の意味を探していた。

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