明日にかかる燻んだ虹

@SayuHinaki

第1話 月夜に浮かぶ紅

暗い部屋で月に照らされながら、溺れるように息を詰まらせて目を覚ました夜中。

べしゃべしゃに汗をかいた身体にティシャツが張り付いたまま、荒い呼吸をしながら両手で両目を覆った。


消えない…消えない…消えない…。


彼女が飛び込んだ線路。

ふわりと宙を舞う様な彼女の身体を、思いきり弾き飛ばした電車。

聞いた事の無い異様な衝撃音と、耳を貫く急ブレーキの高い音。

音と共に勢いよく弾け飛んだ彼女のカケラ。

彼女の居場所を知らせる様に、ホームに投げ出された紅い痕。

その先には誰のものか分からない程、紅く染まってバラバラになった彼女の身体。


眼を逸らす間も無く、全て鮮明に飛び込んできた出来事が、脳を支配しては何度も蘇る。


もし…もう少し早く彼女に気づいていたなら助けられただろうか?

もし…彼女に何か声をかけていたら結果は違っただろうか?

そんな後悔をしている自分は、ただの偽善者。


だって、そうだろう。

もしも、もう少し早く彼女に気づけていたとしたって、きっと結果は同じ。

何か声をかけていたとしたって、きっと何も変えられなかった。

だって彼女は、きっと明日を手放す事を既に決めていたのだから。


ホームから線路に飛び込む時、ほんの一瞬だけ彼女は振り返り小さく微笑んだ。

まるで、この世の全てに別れを告げるかの様に。

そうでなければ、この後起こる惨事を期待しているかの様に。

小さな微笑みを浮かべた後、掴めるはずの無い空に手を伸ばして、翼を広げる様に線路へと飛び込んだ。

太陽の光が彼女を照らす様に、焦茶色の長い髪がキラキラと輝いていた。


彼女の一瞬の微笑みに、気づいた人はどれだけいただろう?

なぜ微笑んだのかは分からない。

でも、その笑顔は儚い程に美しく憂いを帯びていた気がする。

もしかしたら彼女は生きていた事を、誰かに覚えていてほしかったのかもしれない。

もし、そうなら彼女の最後が焼き付いて離れない事にも意味がある…。


月が照らすベッドの上で、俺は深く息をついて膝を抱えた。




結局、深夜に目覚めてから眠れずに、日が登るのをベッドの上から見つめていた。

変わらずに日は登るのに、見つめていた景色の色がどこか変わった。

燻んだ様に陰を帯て、残酷なまでに冷たい。


「…仕事…行かないと…。」

頭では分かっているのに身体が重怠くて動けずに、ただ茫然と時間が過ぎていくのを見ていた。

まるで、あの日の彼女に全て支配されたような錯覚さえ覚えた。


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