第2話
「……イヤミなくらい、いい天気」
私は机に頬杖をつきながら、ため息をつく。
窓の外に広がる雲ひとつない青空。
私は疎ましく睨む。
ここは私の心情に合わせて、今にも雨が降り出しそうな、どんよりとした天気であるべきだと思う。
はぁー、とため息をつきながら、私が机に伏していると、人が近づいてくる気配があった。
腕の隙間から見えるのは、ツインテールを揺らしながら歩いてくる小柄な女子生徒――
彼女は教室最後尾の窓際である私の席の前で立ち止まる。
「まゆらー、アンタはいつも通り暗いわね。ちょっとは若者らしく、明るくなりなさいよ。こんなに良い天気なのよ、気分も晴れやかになるでしょ」
「……えいにゃん、私のことは……ほっといてよ」
「教室の隅っこなのに、教室中に湿っぽい空気を漂わせているヤツを無視しろって方が無理よ。あと、えいにゃんは、やめれ」
「……可愛くていいじゃん。えいにゃんがイヤなら、えいぴょん?」
「ぴょんはどこからもってきた? 全くウチに関係ないよね」
「えいぴょんは、ちっちゃくて、いつも元気にぴょんぴょん動き回っているから」
「ウチは、そこら中をカエルやノミみたいに跳ね回ってないわよ」
「……私はウサギのイメージだったけど」
どうして先にウサギではなく、カエルとかノミを連想したのだろうか。
友人の残念な発想力に、心の中で突っ込みながら、私は机から上半身を起こして、瑛奈に向き直る。
彼女は胸の前で腕を組みながら、私を睨んでいた。正確に言うと睨んでいるわけではなく、切れ目の双眸のせいで、睨んでいるように見えるだけだったりする。
瑛奈は美人なのに、色々と残念なところが多いなぁ、と改めて思ってしまう。
「ウサギだろうと、ぴょんは却下よ」
「可愛いのに……」
そう言って、瑛奈は私の前の席から椅子を引き出して、私と向き合うように座る。
彼女は一年生からの付き合い。
妙にウマがあったおかげで、違うクラスになった今でも仲が良い。
瑛奈は小柄な体躯に白い肌、地毛が亜麻色で、同性に嫉妬されるほど整った外見をしている。
純粋な日本人らしいが、本当はハーフかクォーターではないかと疑ってしまう。
私が羨ましいと言うと「生活指導のせんせーに目をつけられて面倒くさい」とか「不良と勘違いされて面倒くさい」と愚痴っていた。
瑛奈た仲良くなったきっかけは、今でも鮮明に思い出せる。
同じクラスになって一週間ほど経ったある日の放課後、私は忘れ物を教室に取りに戻った。
静まり返った校舎、外から聞こえてくる運動部の喧騒。
そして、教室に一人佇む瑛奈。
物憂げな表情で窓の外を眺める彼女の姿に、同性にも関わらず私はドキッとしてしまった。
ただ窓際に立っているだけで、絵画の様な非日常的な空間を生み出せるものだろうか。
衝撃を受けた私は無意識に「綺麗……」と呟いてしまった。
それを聞いた瑛奈は、一瞬で広がっていた世界をぶち壊して「いきなり何言ってるの? 頭、大丈夫?」といって爆笑し始めた。
それが私と瑛奈のファースコンタクトだった。
瑛奈は見た目だけなら、男子生徒の憧れの的になってもおかしくない。
だけど、普段からオブラートに包んだ発言が苦手だったり、見た目に反して活発すぎるところだったり、男子生徒に敬遠されることが多いらしい。
瑛奈は、見た目は誰が見ても美人なのに、発言や行動で、絶対人生を損している。
私は少し憐憫を含んだ視線で瑛奈を見つめる。
彼女は私の視線を真っ直ぐに見つめ返してくる。
私の内側を見透かすような瑛奈の視線に、私は居心地の悪さを感じてしまう。
時間にして数秒。私が瑛奈の視線に耐えていると、彼女は呆れたような表情で、わざとらしく「はぁー」とため息をつく。
バカにされたような気がして、私は少し顔をしかめてみる。が、瑛奈は気にした素振りはない。
「改めて確認するのもバカらしいんだけど、まゆらさー、何を悩んでんの?」
「……悩んでない。何を言い出すのえいにょん」
「嘘ね。まゆらは嘘つくの下手すぎるから。ドン引きするくらい嘘が下手すぎるからウチでも即分かる」
「嘘なんてついたことない。えいみょんの気のせい」
私は瑛奈の視線から逃げるように、窓の外へ顔を向ける。
誰も頼んでいないのに、人の内側を探るようなことをするのかな。
ほっといてくれていいのに。
「嘘ついてないなら、こっちを見なさいよ」
「ヤダ。えいぽよの顔、見飽きたから」
「ウチもまゆらの顔は見飽きたわよ。まーでも、次の日になると、まゆらの顔が見たくなるんだけどさ」
ニカッと無邪気な笑みを浮かべる瑛奈。
さらさらと風に揺れるツインテールの髪。亜麻色の髪が陽にあたり金髪のようにキラキラと輝く。
ハーフでもクォーターでもなく、さらに染めてもいないのに、その綺麗な髪は反則だと私は思う。
一瞬、見惚れてしまったことを誤魔化す様に、私はぶっきらぼうに言い放つ。
「……私にお世辞を言っても何も出てこないわよ」
「ハハハッ、ウチはお世辞を言うのがチョー苦手やん。それくらい、まゆらも知ってるじゃん」
ツボに入ったのか、お腹を抱えて笑い始める瑛奈。
普通にしていれば美人で、笑うと可愛い。ホント瑛奈はズルいなぁ。
「あー、笑った。さてさて、まゆらが簡単に白状するとは思っていないけど、なんでため息をついていたのかは当ててやろっか?」
「……クイズじゃないし、当てなくていい。それに当たらないから」
「ため息の原因は、バイト先の例の常連さん、やろ」
「――ッ! ち、違う。ハズレだから」
私は反射的に声をあげてしまう。
次の瞬間、瑛奈が悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
彼女は口を右手で覆い、左手でバンバンと机を叩いて、声を出さずに笑う。
「私、違うって言ったよね。ハズレって言ったよね」
「い、言ったときの……ま、まゆらの、顔……サイコー……。なにあの表情……」
「ひっど! 普通に言っただけなのに、なんでそんなことを瑛奈に言われなきゃならないのよ!」
「ふ、普通? アンタ、鏡の前で、もう一回言ってみ。自分で見て、普通って言いきれるなら、ウチは普通って、認めてやる……。あーもームリッ!」
そう言って瑛奈は、足をジタバタ、手で机をバンバン叩きながら、笑い始める。
完璧にツボに入って瑛奈の爆笑しているときの仕草だ。
こうなると笑いが収まるまで、何をやっても無駄になる。
私は、頬を膨らませて、ジト目で瑛奈を睨み続けるが、瑛奈の爆笑を止めることは叶わなかった。
瑛奈は、授業開始のチャイムと笑い声でデュエットしながら、教室を出ていった。
私の中には、疲労感とぶつけどころのない怒りが残る。
こんな精神状態で、授業を受けるものじゃない、と私は自分自身を納得させる。
私は授業開始早々に保健室にエスケープすることを決める。
黒板の上に掛けられた丸い時計を睨み、五分後に教室を出ようと私は決心するのだった。
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