第拾参章 聖剣なんていらない
「鮮血を私に捧げなさい!!」
疾風のように飛び出しながら鋭く尖った爪を突き出すヴァンティスの攻撃はスタローグ家の人達を嘲笑うだけあってなかなかのものでした。
「スタローグ一家の面々は尊敬すべき敵であると同時に家族よ。彼らを貶める云い方は感心しないわね」
しかし矢はおろか近距離でなければ拳銃の弾さえ叩き落す姉様には通用していないようですね。
何故なら姉様は既に抜刀して上段の構えで待ち受けていたからです。
『がっ?!』
ヴァンティスの蟷螂を思わせる爪が姉様の喉を貫く寸前、大真典甲勢ニ尺六寸が彼女の脳天に落ちていました。
『あういいぃぃぃぃ……ま、まさかそんなぁ……そんなぁ……』
「確かに私達の情報は役に立たなくなったようね? 情報をヴェルフェゴールにもたらすべきモノが死んでしまっては意味が無い」
『そん……そんごく!!』
姉様は力を込めていた様子はありませんでしたが、ヴァンティスはあっさりと脳天から股間まで真っ二つに裂けて絶命しました。
彼女のの顔は両断された際に潰れてしまい親でも判別できないでしょう。
青い布を被せたように自分の血に染まった顔に飛び出した眼球が白く映えています。
(血を捧げたのは貴方の方でしたね、ヴァンティス)
「な……聖剣を持たないただの剣士が魔族を……」
メフィさんは驚愕と恐怖を顔に貼り付けて姉様とヴァンティスを交互に見る事しかできなくなっていました。
「聖剣? そんなモノは私には必要ないわよ? 大真典甲勢ニ尺六寸、歴代霞家当主によって九百と七十と八の妖魔の血を吸い続け……今やどんな高僧でも拭いきれない怨念が籠った妖刀よ」
姉様が血振りをくれて納刀すると、ヴァンティスの死体は急速に黒く変色して、やがて塵となって消えていきました。
「人と魔が相争う世でなければこうして殺し合うこともなかったでしょうに……哀しきは兵達ね」
先程までヴァンティスの死体があった場所に姉様は哀しそうな顔を向けると、右手を眼前に掲げて黙祷されました。
我が霞家当主の役目、この世にはびこる悪を妖魔の形にして斬り捨てる……それが如何なる重みなのか傍観者である私には想像も尽かない事です。
「さあ、早速宿に行きましょうか」
姉様は呆然とするメフィさんを置いて街の門を守る番人らしき人の方へと歩いて行かれました。
「メフィさん? 街の案内をお願いします」
嫌に熱の籠もった目の二十歳くらいの番人に手を握られた姉様が困惑げに首だけ振り返ってメフィさんにそう云ったのでした。
かすかに聞こえてくる番人の声から、彼は先ほどのヴァンティスとの戦いに興奮しているようです。
「実はあの魔族はこの辺りに現れては悪さをしていたので困っていたところだったのですよ!」
「左様でしたか……それはそれとして、手を……」
あ、姉様の声にやや怒気が混ざって……
いい加減助けないと後が怖いですし、そろそろ呆然としているメフィさんを再生させて……
「メフィさん、行こ?」
桜花がメフィさんの手を取ると彼女は漸く正気を取り戻すことができたようです。
「ゆ、勇者様! これは失礼致しました」
復活したメフィさんは桜花と手をつないだまま姉様のいる門へと歩いていきました。
(彼女、大丈夫でしょうか?)
メフィさんの足取りは重く、右に左に揺れて頼りなさげです。今にも倒れてしまいそうで後ろから見ていて気が気ではありません。
しかし番人と何か二、三言話して姉様を解放したところを見ると大丈夫なようです。
街に入って宿屋に落ち着いた私達は今後の行動を打ち合わせを済ませて早めに就寝することになりました。
明日は馬車を借りるとは云え、長距離を一気に進むという事で体力を温存する必要があったからです。
「では私はこれで失礼します。今夜は私が見張りをしていますので、安心してお休みください」
メフィさんはそう云うと自分の部屋に戻っていきました。
その際、姉様を大きく避けていく彼女に少なからず嫌悪感を感じてしまいましたが、顔には出ていなかったと思います。
「見張りなんて必要ないのにね」
姉様は苦笑してベッドの上に体を倒します。
確かに私達は変事があればすぐに起きる事ができるので見張りは必要ありません。
「折角の好意だし、彼女の好きにさせましょう」
姉様がそう仰ってから、すぐに寝息が聞こえてきました。
「姉様ってホント寝付きが良いよね」
桜花は姉様の寝顔を見て苦笑しています。
かく云う私も姉様の寝顔を夢中になって見ていますけど……
「姉様の寝顔って相変わらず子供みたいだよね? 剣の稽古してる時とは全然違うよ」
(当然でしょう? 剣術とは結局は人を傷つけ、命を奪う技術、それを人に教える以上真剣になるのは当たり前です)
「そうなんだけどね。この寝顔を知ったら門下生の皆は絶対にビックリすると思うよ?」
云われてみれば姉様の寝顔は穏やか過ぎですね。無垢な子供のようで、とても十八歳とは思えません。
すると姉様の頬を一粒の雫が筋を描いて流れていくのが見えました。
「つ、月夜姉様……これって?」
い、いけません。姉様の寝顔を見入っているうちに涎が……
私は手拭いを取り出すと姉様の睡眠を妨げないように軽く頬を拭いました。
「月夜姉様って雪子姉様の事になると変わるよね……」
お、桜花? 何故そんな眼で私を見るのです? 何故そんな微妙に距離を置こうとするのですか?
「まさかとは思うけど……」
桜花は頬を引き攣らせながら姉様に布団を掛けて云います。
「雪子姉様、清いままだよね?」
どういう意味ですか。
「月夜姉様、鏡……」
桜花が差し出した手鏡に映った人物に私は目を丸くしてしましました。
(これは誰です?)
「月夜姉様だよ……桜花、女色に偏見はないけど一応血の繋がった姉妹だからね?」
私は鏡に映る爛々と目を輝かせている自分自身に呆気に取られてしまい、桜花の言葉のほとんどが耳に入っていませんでした。
「なんか怖いなぁ」
うう、平常心、平常心。
「今の月夜姉様の目って、いつも桜花にお団子をくれる団子屋のおキヨさんが桜花を見る時の目にそっくりだよ」
あ、あの人と同類ですか……
ちなみにおキヨさんとは桜花の顔馴染みで、何と云いますか強烈なまでに女色のケがある人なのです。
その人は桜花が大のお気に入りで、桜花に余計な知識を刷り込んでは私達に迷惑をかけてくれます。
(そ、それは兎も角私達も休みましょう)
私はあの人と同列と括られた心の痛手を引き摺りながら頭から布団を被ります。
「うん、おやすみなさい」
程なく桜花の寝息が聞こえてきましたが、私はすぐさまベッドから降りると、寝間着を脱いで愛用の紺の着物を直接素肌の上に羽織ります。
(しばらく安眠は得られそうにないですね)
私は帯を締めると袖の下に妖しく光る赤い玉を忍ばせます。
(参りましょうか、『弥三郎』様?)
そう心の中で呟くと袖の中に仄かに暖かい気配が生まれました。
これからが
何故、夜の闇の中へ身を潜めるのか。
『弥三郎』様とは誰を指しているのか。
それは次回の講釈にて。
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